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その他 「能楽」外縁観測第1部 4 「能」の序破急と曲柄

2020-12-20

① 序破急とは?

「序破急」の言葉は、中国などから伝来した唐楽等から、平安末期12世記頃の雅楽において曲の3部分構成を指していました。しかし、現在、序破急3部分を揃えた曲はなく、曲ごとに破の曲・急の曲と名付けられて独立した曲が演奏されています。

連歌では、南北朝末期の1345年に二条良基(よしもと1320年生~1388年没)が1345年に「僻連抄(へきれんしょう)」で示したのが一番早いとされ、更に1372年に「筑波問答」で「序の懐紙(かいし)はしとやかな句、破の懐紙はさめき句、急の懐紙は逸興(いっきょう)な句」などと記しています。この良基は足利幕府の義満将軍時代の関白を務め、世阿弥に藤若の名を与えたことでも知られています。

「能」では、世阿弥が室町初頭の1400年に綴った「風姿花伝」をはじめとする各種伝書の能楽論で序破急の重要さを繰り返し述べています。そして、芸道を超えた神羅万象に通ずると喝破しました。
世阿弥が序破急を説いている伝書には「風姿花伝」「花習内抜書(かしゅうのうちぬきがき)」「花鏡」「二曲三体人形図」「三道」「拾玉得花(しゅうぎょくとっか)」「申楽談義」等があります。(詳細別途掲載予定)

一般に序破急の理解は「物事を三部に構成して、始めはゆっくり、次第に速く、最後は更に速く」というのが多いように思われます。間違ってはいないのですが、不十分と言わざるを得ません。序破急は単にスピードのことを言っているのではないからです。

世阿弥は序破急について一日の能の順番から説いています。「序」は物事の始めなので、観客の興味を舞台に向けさせるように、複雑なことは避けて分かりやすく明るい曲を、2・3番目などの「破」はじっくりと技巧をこらし変化に富ませて盛り上げ、最後の曲が「急」でハッと驚くような派手な展開をして観客との別れとする。全ての序破急がうまくいった時に観客から感動して貰える…、と。

そして、序破急は、一日の流れだけでなく、一曲の進行、舞の一挙手、謡(うたい)の一句にもあると説いています。また、それが能を作る基本的な構成であり、もっと言えば神羅万象の全てに通ずると書いているのです。


世阿弥の時代には、一日に演ずる能の番数は5番程度で、序破急を序・破の序・破の破・破の急・急の5段に当てて番組(プログラム)を組んでいました。一日3番の日や10番の日など、あるいは3日・4日と能興行が連続する場合も、序破急の原則を応用することを述べています。

その後一日に演ずる能の番数は、16世紀の室町末期には10番以上となることも多くありましたが、江戸時代に入ると能は式楽となり、幕府の正式な行事では、始めに翁を演じ、そのあとに5番の能を配する番組が徳川3代・家光将軍(在職1623~1651)治世の寛永末年1644年頃には定着しました。そして能の全部の曲に1番から5番のいずれかの曲柄が割り当てられ、それが今日にも引き継がれているのです。(複数の曲柄、略番については別途掲載予定)

現在、一日に複数の能を演ずるときは、必ずこの順番に従っています。また、素人の素謡(すうたい)会などでも、この曲柄に従って番組を作ることが、この道の常識となっています。世阿弥の理論が現在にそのまま適用されているのです。



② 「能」の五番立てについて

 一日の演能の標準を5番とする場合、演ずる順序となる5番立ての曲柄は、次のようになっています。(なお、「翁」は能にして能に非ずとされています。)
初番目物:神を主人公とするような天下泰平・国土安穏など祝福の曲
2番目物:源平の武人が修羅道(しゅらどう)の苦しみから救われるような曲
3番目物:女性や草木の精などを主人公にした幽玄な曲
4番目物:わが子を訪ねる狂乱物や、敵討ちなど人間的で劇的な曲
5番目物:鬼や天狗が活躍するもの、あるいは、めでたく締めくくる曲
また、初番目物を「翁」の次なので「翁」の脇に置く意から脇能(わきのう)、2番目物を修羅物、3番目物を鬘物(かずらもの)、4番目物を雑物、5番目物を一日の最後なので切能(きりのう)とも言い、これを簡略にして伝統的には「神男女狂鬼(しんなんにょきょうき)」と呼んでいます。

曲柄ごとに代表的な曲を示すと次のようになります。
初番目物:高砂、養老、賀茂、鶴亀、竹生島、嵐山、絵馬、老松、岩船、難波。
2番目物:清経、巴、田村、屋島、経正、敦盛、頼政、忠度、実盛、通盛。
3番目物:羽衣、杜若、半蔀、井筒、松風、熊野、楊貴妃、野宮、姨捨、西行桜。
4番目物:葵上、隅田川、百万、鉄輪、弱法師、通小町、班女、道成寺、邯鄲、安宅、砧、景清。
5番目物:舟弁慶、安達原、小鍛冶、融、土蜘蛛、猩々、石橋、海士、鵜飼、野守。
 なお、曲によっては特定の曲柄に固定せず、4番目または5番目とされている曲などもあります。例えば、4番目物と5番目物の性質を兼ねている曲として、代表曲をあげれば次にとおりです。
4・5番目:安宅、殺生石、自然居士、鵺、阿漕、望月、正尊、当麻、夜討曽我、唐船。

 同様に、2番目且つ4番目の曲などもあります。また、流儀によって扱いの異なる曲もあり、全248曲の中では、96曲が複数の曲柄を持っています。(5流で採用の曲で69/146曲、4流で8/25曲、3流で5/22曲、2流で7/17曲、1流で7/38曲となっています。内訳後日掲載。)
さらに、上に示したような本来の曲柄とは別に、「略番」と称して別の曲柄として準用する場合があります。例えば、「阿漕」は4番目物が元々の曲柄ですが、観世流では略5番目物に定めています。略番として演ずる場合はその曲柄に相応しく対応するとされています。(曲名別曲柄等詳細は別途掲載予定)


③ 「能」の曲柄別構成グラフ

それでは、「能」全248曲の曲柄構成をグラフで見てみましょう。
複数の曲柄を持つ96曲については、主たる曲柄で分類してあります。
圧倒的に4番目物が多いことが分かります。他の分類は、神・武士・女性・鬼などと選定の幅が狭いので、これらに入れられない雑多な曲を4番目物としているからです。平家物語などで登場する武将を主人公とするような2番目物は以外と少ないのが分かります。そして、「能」の眼目ともされる幽玄・優美を代表する女性が主人公の鬘物(かずらもの)、即ち3番目物も思ったより少ない気もします。もっとも、曲の数と、名曲の多寡は直接的には関係ないことですが…。


④ 曲柄と流儀間共通採用の状況

5流で採用されている曲のグループと、4流以下で採用のグループで、曲柄構成に違いがあるかをグラフで示します。
このグラフからは、5流及び4流で採用されている曲グループの曲柄構成は、ほぼ全246曲のそれと同じに見えます。あえて言えば、5・4流採用曲は初番目物の割合がやや少なく、4番目物がやや多いことでしょう。3流以下で採用のグループでは、2番目物がゼロで、初番目物がやや多い割合になっていることが分かります。また、2流で採用のグループで4番目物の割合が多いのも目につきます。
2番目物が3流以下で採用の曲がゼロなのは、全体248曲の中でも2番目物は16曲しかないので、各流が共通して採用する結果となって、4流以上で採用している曲だけになったものと考えられます。

⑤ 流儀別の曲柄構成

現行「能」全248曲の曲柄構成は、既に円グラフで示したとおりです。(③参照)
これを流儀別で示したのが下の棒グラフです。但し、5流で共通採用の曲を除き、4~1流で採用の102曲を対象としてあります。(5流採用曲の曲柄構成グラフは、先の④棒グラフを参照して下さい。)
5流が共通して採用している146曲の曲柄構成は、全246曲の構成とほぼ似た状態です。やや違いのあるのは、初番目物の割合が全曲では16%で5流では11%と少なくなっていることと、4番目物が全曲では40%で5流では45%と多くなっていることです。
ここの違いは、1流のみの38曲と、2~4流で採用の64曲の計102曲の曲柄構成によるものです。4流以下で採用の曲は、初番目物の割合が多く、2番目物がないことによります。流儀別では、金春が5流採用曲以外の曲が少ないこともあって、5番目物が2曲しかないのが目立ちます。
全246曲の曲柄構成を総合的に見ると、2番目物が少なく4番目物が多いのは、想像を逞しくすれば各曲の成立過程が関係していると思われます。世阿弥の頃にはそれなりにバランスがとれていたものが、その後に作られた曲の多くが4番目物だったのではないかとの想像です。神男女鬼には既に名曲がそろっており、新しく曲を作ろうとすると、何か変わった趣向を凝らす必要があって、結果として雑物とされる狂物(くるいみの)の4番目物に新しい曲が入ってきたのではと…。(各曲の成立年代から検証する必要のあることですが…。)

次の項目など、引き続き「能楽外縁観測第1部」をご覧になる場合は「謡曲の統計1」から進んで下さい。

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