300~100年以上前の古書では、
「謡十五徳」・「謡徳十利」・「謳徳十二條」・「謡有十徳」・「謡曲十五徳」・「奏曲十五徳」・「能楽十五徳」・「謡十徳」
などがありました。
令和の現在でも、
「謡曲十五徳」・「能楽十五徳」・「謡曲十徳」・「謡十五徳」
などと標記されています。
現在は、猿楽のことを能楽といい、能の詞章を謡うことを謡曲といっています。
「
「能楽」と「謡曲」の用語は何時から使われるようになったのでしょう。
十五徳の内容の前に、この用語から検討することとします。
(十・十二の利・徳などは別に検討することとします。)
用語を説明するなら、「能楽」から始めるべきでしょう。
世阿弥の頃は「猿楽」と言われていました。
これを世阿弥は「風姿花伝・第四神儀編」で、能は
しかし、「申楽」の用語は一般には広まらず、江戸期を通じて同じ読み方の「猿楽」が通用していました。
「能楽」の用語が一般化したのは、能楽大辞典(2012年筑摩書房)によれば、明治14年(1881年)の「能楽社」設立以来のこととされています。
欧米視察に赴いた岩倉
池内
また、「能楽」の語が江戸時代に、京観世五軒家の一つである浅野家8世
要するに「猿=モンキー」では格好が悪いので「能楽」にした、ということです。
ここで名の挙げられた人の生没年とその概略を見ておきます。
1825~1883年 京都の公家出身で明治維新十傑の一人。
欧米に特命全権大使として派遣されました。
副使には、後に初代総理大臣となった伊藤博文などもいました。
久米邦武
1839~1931年 佐賀藩出身の歴史学者。
岩倉使節団の一員として欧米視察。
同じ佐賀藩出身で1年先輩の大隈重信の招きにより早稲田大学で古代日本史や古文書学を講じました。
(大隈は総理や外務大臣等を務め、早稲田大学を創設した。)
池内
1858~1934年 愛媛出身の能楽研究家。
能楽館設立。後の東京芸大教授。俳人高浜虚子の兄。
前田
1811~1884年 第13代加賀藩主。
宝生15世
九条道孝
1839~1906年 旧華族の公爵。貴族院議員。四女が大正天皇の后・貞明皇后。
戊辰戦争で明治新政府の奥羽鎮撫総督として東北各地を転戦。
浅野栄足よしたり
1782~1834年
江戸後期能楽史研究家。「観世家譜」などを著述。
滝沢馬琴
1767年~1848年
南総里見八犬伝などで著名な戯作者。
以上から、「能楽」の用語は江戸末期に特殊用例が見られ、明治になってから一般化が始まって定着してきたと言えます。
次に「謡曲」の用語を検討します。
現在では能の詞章を謡うことを指す言葉として一般に通用しています。
しかし、世阿弥の「音曲口伝」第2項では「
また、
謡曲つまり「
「謡曲」の語の初見は、江戸前期1658年刊の林
この百番の註解とは「
これは、能の本を古典とみなした最初の注釈書で、豊臣秀吉の養子関白秀次が安土桃山末期の1595年に京都五山の長老や、当時の文化人を大動員して謡曲本文とその解説等を編纂させたもので、金春流謡本を底本に102曲を選んで著述されたものです。
江戸幕府が開かれる8年前のことでした。
それまで発音を大切にしてカタカナ書きだった文章を、漢字とひらがなにして書き、完成は1600年頃でした。
また、能楽大辞典では、1689年(江戸前半期)の竹中源右衛門・田中治右衛門刊「当流(観世流)謡曲集」を古い例として示し、江戸後半期1772年刊の注釈書「謡曲拾葉抄」(俳人犬井貞恕著・宜華庵
そして、1799年の宝生流最初の刊本謡本の寛政版奥付に「当流所伝之謡曲二百十番…」と記した頃から「謡曲」の用語が広がり始め、明治末以降になって、一般に多用されるようになった、とあります。
(少し要約しました。)
現檜書店前身の山本長兵衛(弘章堂)1823年刊の小謡集「昇平小謡万戸声」には「謡曲十五徳并注解」が載っています。
(口絵・挿絵は速水春暁斎〈1767~1823〉絵。)
「謡曲」を冠した古い本を国立国会図書館等で検索すると、大正期からの刊行が続いています。例示すれば次のとおりです。
1912:新謡曲百番(佐佐木信綱・博文館)
1914:謡曲集(野村八良校訂・有朋堂)
1922:謡曲集(塚本哲三編・有朋堂)
1923:謡曲百番(物集高量校注:新釈
日本文学叢書第11巻)
1926:観世流謡曲続百番集(観世元滋訂・
桧大瓜堂=現檜書店)
このように大正期には「謡曲」は書き言葉として一般に使用され、現在も名著とされる昭和5年(1930年)刊の謡曲大観(佐成謙太郎・明治書院)など、昭和期には普通の用語として使われるようになりました。
(但し、話し言葉としては現在も「うたい」が一般的に使われています。)
要約すれば、「
参考までに時代区分を示しておきます。
江戸:1603年~ 明治:1868年~
大正:1912年~ 昭和:1926年~
平成:1989年~ 令和:2019年~
次の項目など、引き続き「能楽外縁観測第3部」をご覧になる場合は「謡曲の統計3」から進んで下さい。



