その他 能楽外縁観測第3部-5 謡曲十五徳の内容
2022-02-02
「謡曲十五徳」等20件のうち、十徳と十二徳を除いた十五徳16件の内容を見ると、13件は順序が違っても内容はほぼ同じで、3件は内容の一部が異なるものになっていました。
これをグラフにすれば次のとおりです。

分類ごとの詳細は次のとおりです。
A型13件
これらは、「十五徳」の内容が江戸中期の大心筆の書と同じになっています。
13件のうち、古書の5件を詳しく見ると、順序も大心筆と同じ書は1件だけで、他の3件それぞれに違いがあります。
大心筆が上下2段なのに、1段や3段書き、あるいは3枠書きや解説付きがあり、順序にはあまり意味がないように思われます。
但し、5件とも1番目に「名所」、15番目に「形美」の項目が書かれています。
文字遣いを見ると、3件で「思美人」が「懐美人」となっており、1件は「閑居」を「閒居」とし、他の文字は古書5件では同じになっています。
(ゴシックが相違個所。以下同様とします。)
令和の8件は、
順序が大心筆と同じもの、
明治の書と同じもの、
古書にはない順序で同じ順序のもの、
独自の順にしているものが、
それぞれ2件ありました。
文字遣いでは、
3件で「而」の文字が略され、
「不戀而思美人」を「不恋而懐美人」としたものが5件、
「不恋而思美人」としたものが3件ありました。
「昇座上」を「登座上」としたものが3件、
「不觸而知佛道」を「不触而知仏道」が4件、
「不觸而知仏道」が3件、
「不嘱知仏道」が1件ありました。
一件だけ
「不習而識歌道」を「不習慣歌道」、
「無友而慰閑居」を「無多歴閑居」、
「不軍而識戦場」を「不争残戦場」、
「不祈而得神徳」を「不祷得神徳」、
「不觸而知佛道」を「不嘱知仏道」
としている特殊なものがありました。
以上のうち、気になるのは「思美人」を「懐美人」としている11件です。
「懐」は江戸後期の書では「懐ふ」とかなが付けられて「おもう」と読ませているものもありますが、令和では「懐いだく」とかなをふっているものが2件あり、少し意味が違うのではないかと感じます。
誤解を防ぐならわざわざ面倒な文字を使うことなく自然な「思う」とすべきではないでしょうか。
B型1件
これは観世文庫・整理番号54/46の「奏曲十五徳」です。
江戸後期(1781~1876年)の写本で、1段の縦書きの末尾に「刑部尚/書」とありますが、詳細は不明となっています。
「而」の文字が略され、
大心筆の名所・座上・美人・武藝の
4項目がなく、
新たに「不釗察勝地」(釗:励む)・
「不學全忠孝」・「不思被人敬」・
「交友能知膮」(膮≒曉=暁=あきらかに)
が補充されています。
文字遣いも大心筆と比べ、
「在旅而得知音」を「旅行得知己」、
「不習而識歌道」を「自知知歌道」、
「不詠而望花月」を「座而望月花」、
「知古事」を「識古事」、
「無薬而散欝氣」を「發聲散□欝」
(口は禾偏に青で精の意か)、
「不軍而識戦場」を「不観知戦場」、
「不觸而知佛道」を「不悟知仏道」、
「不厳而嗜形美」を「不厳威儀整」、
「神徳」を「神護」としています。
全20件の中でただ一つの内容となっており、後世に継承されなかったようです。
C型2件
これは令和現在のものです。
古書に類例のない2件で、同じ内容・文字・順序となっています。
大心筆と比べると、「而」の文字が略され、「座上」の項がなく、
「不期健體質」(期せずして体質は健すこやか)が補充されています。
文字遣いでは、
「不行而知名所」を「不踏窮名跡」、
「在旅而得知音」を「在旅得親朋」、
「不詠而望花月」を「不眺詠草月」、
「無友而慰閑居」を「無友慰寂寥」、
「無薬而散欝氣」を「無酒散鬱氣」、
「不望而交高位」を「不求交高位」、
「不老而知古事」を「不老知故事」、
「不軍而識戦場」を「不軍通戰陣」、
「不祈而得神徳」を「不祷感神徳」、
「不觸而知佛道」を「不觸解佛理」、
「不厳而嗜形美」を「居家整容姿」
としています。
このように、古書に例のない独特な文字遣いとなっています。
以上をまとめると、
A型の13件は、内容が同じで、一部の文字遣いと掲載順序が違うだけでした。
B型の1件は、15徳のうち4項目が異なる内容で、文字遣いも他と違っていました。
C型の2件は、1項目の内容が異なり、文字遣いも独特になっていました。
結局「謡曲十五徳」は、細川三斎と小堀遠州が提唱したものが源流になっていることを示しています。
(古書については、その詳細を次回に紹介します。)
しかし、大心筆の書が大もとになって広まったとは思われません。大心の「十利」が後世に類書が見られないからです。「十利」は、一つの項目が漢字6文字を2句繋いで成立っており、後世の「十徳」等は5~6文字で、内容も謡曲や能の大夫を称賛し、禅の教えを取り上げるなど、類例がありません。
以上から「謡曲十五徳」は、大心書とは別の書から伝えられていったと想像されます。
次の項目など、引き続き「能楽外縁観測第3部」をご覧になる場合は「謡曲の統計3」から進んで下さい。