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その他 能楽外縁観測 第4部-5 神・仏・鬼などの文字数

2022-09-15

 謡曲十五徳に「祈らずして神徳を得る」・「触れずして仏道を知る」とありますから、植物から離れて、「神」・「仏」・「鬼」と「寺」・「弔」・「経」を数えてみます。(謡曲十五徳の詳細は第3部参照)
 さすがに我が国は八百万やおよろずの神の国ですから、謡曲でも「神」の文字が多く登場します。1曲平均で3.8回の27位となっています。「仏」も2.4回の68位とかなりの多さです。神仏に祈る場面が多くあるからでしょう。謡曲十五徳には根拠のあることの証左になるのではないでしょうか。

 日本に仏教が伝わってから約500年後、平安時代から、いわゆる神仏習合しゅうごうと本地ほんじ垂迹すいじゃく説が浸透してきました。謡曲は殆どが室町時代に作られており、その影響を強く受けています。日本古来の天地の神々信仰と、仏教が融合調和し、様々な神々はお釈迦さまを本仏として仮に現れ、身近に衆生を救ってくれる存在と理解されていました。要するに仏が神の形で現れたと思われていたのです。神々は、〇〇の神、〇〇の尊みこと、命みこと、権現ごんげんなどと呼称されますが、同じ神を、〇〇如来にょらい、〇〇菩薩ぼさつ、観音かんのん、天てんなどと仏号(仏の名)で表したりしています。例えば、天照大神あまてらすおおみかみは大日だいにち如来、秋葉権現は観音菩薩、大国主おおくにぬしの命みことは大黒天などと、仏が神に化身したものとしていたのです。

 だから、謡曲でも身近な「神」が多く登場するのでしょう。もっともなことです。

 神仏に対し、鬼・経・寺・弔は、それほど多く出てきません。この4文字の中で一番多い「寺」でも「雪」と同じ程度の122位、一番少ない「弔」で184位でした。
 謡曲には「南無阿弥陀仏」などと経文を唱えたり、様々な寺社も登場しますが、どの文字も平均すれば1曲の中に1回程度ということになります。勿論一般の小説などと比べれば、多いほうでしょう。

 そして、成仏を願って「弔う」のも、それほど頻繁ではないことが分かります。

 また、謡曲では死者の霊を登場させて、生前の恨みを語らせたりしていますが、「霊」の文字は0.7回の229位で、思ったほど多くはありませんでした。但し、2番=男物では、軍いくさで亡くなった武将の霊が登場するからでしょうか、他の曲柄の2倍・1.4回も使われていました。なお、146曲の中で、シテ=主人公などの役として「霊」が登場するのは39曲・27%となっています。(前場と後場のどちらかに登場したら1回として数えています。また、「経」の文字は、時間の経過を表すときにも使われており、グラフにはこれを除いた「お経きょう」の意味で使われているものを数えています。)


 神仏を曲柄別に数えたのが9.のグラフです。
 全体の平均では、神が仏の1.6倍ですが、さすがに1番=神物では仏の37倍と、突出して神が多くなっています。主人公を神とするのが、神物ですからあたり前の話です。

 逆に、2番=男物と3番=女物では、神より仏の方が多くなっています。人間が主人公の曲では、身近で数多い神より、その本体である仏を頼って成仏を願うということのようです。

 4番=狂物は、全体平均とほぼ同じに神と仏が多く出てきます。

 5番=鬼物では、神も仏もほとんど同じ回数で使われています。「鬼神きしん/きじん」という言葉が
出てくる位ですから、鬼も神も同じにように見えている部分があるのでしょう。

 1番=神物を除けば、謡曲世界では神にも仏にも同じように祈っているようです。これは、現在の我々も、困ったときには「神さま・仏さま」と並べて唱えますから、違和感なく受け入れられるのではないでしょうか。

【予告】次回は「第4部-7 万物の構成要素[地水火風空]」です。


次の項目など、引き続き「能楽外縁観測第4部」をご覧になる場合は「謡曲の統計4」から進んで下さい。 

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