その他 能楽外縁観測第4部-7 万物の構成要素「地水火風空」
2022-10-15
古代インドでは、万物は「地ち/ぢ水すい火か風ふう」の4っつの要素から成り立っていると考えられていました。これに「空くう」を加え、五大ごだいや五輪ごりんと称して仏教に取り入れられた世界観があります。
それぞれの意味・内容は次のようになっています。
地:大地・地球。動きや変化に抵抗する性質。
水:流体・無定形。流動的で変化に適応する性質。
火:炎・焔。力強さ、情熱、何かへの原動力。
風:成長、拡大、解放、自由。
空:空間・虚空。無礙むげ(こだわりなし)で自由な性質。
これに意識の「識しき」を加えて六輪と言うこともあります。金春禅竹は、世阿弥の能楽論に「禅」の教理を取り入れた「六輪一露之記」1455年成立を著しています。また、宮本武蔵の「五輪書」1645年頃成立などもあって、五大・五輪は海外を含めて一般に知られた考え方となっています。(なお、古代中国から伝わる陰陽五行いんようごぎょう説の五要素「木もく火か土ど金ごん水すい」とは別個の概念です。)
この「地水火風空」の文字を数えた結果が11.のグラフです。

ザっと見ただけでは、曲柄による違いが少ないように見えます。
しかし、1番=神物は、他の曲柄と大きく違っています。「水」と「風」が断然多く、「火」がほとんどありません。本地垂迹ほんじすいじゃく説によれば、仏が神に化身して地上に現れるのですから、「水・風」は変幻自在の神を形容するにピッタリの要素になっています。そして、神は本質的に衆生を救う役割を担っているので、「火」の情熱や、動機付けなどは不要なのでしょう。
他に気付くのは、2番=男物で「火」が他の曲柄の2倍あることです。やはり、英雄・豪傑は燃えたぎる情熱と力強さを兼ね備えているようです。
これと対照的に3番=女物では、「火」が1/3になっています。女性の感情は男性の情熱などとは違うものなのでしょうか。中世社会の男女は大きく違う扱いになっているようです。
他には、5番=鬼物で、「地」と「空」が多くなっていることに気付きます。「地」は変化に抵抗し、「空」はこだわりのない自由とされていることから見ると、矛盾しているように見えます。4部-3で、鬼物には「山」の字が非常に多く出て来ると指摘しましたが、鬼は大きな存在で容易に妥協しない強さがある一方で、人間のような欲望や妄執のこだわりを持たず、天狗のように天空を自在に飛び回る超能力を持っているから、「地・空」の文字も多くなると考えれば納得できます。
なお、この五大・五輪の5文字は、他の文字に比べると、比較的に多く使われています。万物を構成する要素の文字と呼べる資格は充分にあると言えるでしょう。
【予告】次回は「第4部-8 戦争関係の文字を数える」です。
次の項目など、引き続き「能楽外縁観測第4部」をご覧になる場合は「謡曲の統計4」から進んで下さい。