その他 能楽外縁観測第4部-11 家族を表す文字
2022-12-15
家族を表す文字として、「子父母親兄弟姉妹翁姥尉」の11文字について数えてみました。
謡曲で「尉じょう」は老人(=翁)と同様の意味で使われています。「杖じょう=つえ」を使うことに由来しているようです。「尉」という能面もあって老人役で使用されています。
また、「婆」の字も出てきますが、ほとんどが娑婆しゃばとか卒塔婆そとばなどとして使われ、家族の意味では使われていないようなので分析対象から外してあります。

グラグから明らかなことは、圧倒的に「子」の文字が多く、他の4~10倍以上にもなっています。子供を意味しない「拍子」としても使われていますが、それは頻繁ではありません。
謡曲世界は「高砂」に登場する「尉と姥」のように、老人が多く登場するように思われているようですが、文字としては「子」がその10倍も多いなど、意外に思われるでしょう。「花月」のように子供が主人公の曲もありますし、「隅田川」のように母親が失った我が子を尋ねまわる曲もあります。
世阿弥は能役者の養成を重要視し、「風姿花伝」の第一に「年来の稽古条々」を掲げて、7才~50有余才について年令別に稽古の要点を説いています。7才の項では、この年齢を稽古の始めとし、基本的な芸の稽古に重点を置き、あまり「良くできた」とか「悪かった」などと教えず、やる気を引き出すのが大切で、本人が自然と演ずるのを見守るのが良い。そして大きな舞台の最初の能には出さず、3・4番目の頃合いの良い時に登場させるのがよい。などと述べています。12・3才の項では、少年期の引き立つ声と可憐な姿は時分の花であり、それを活用しながら基礎的な訓練が大事としています。17・8才の項では、声も姿も変わるので、無理な稽古を戒め、たとえ人に指をさされて笑われても、能を捨てぬ意志を育てることこそが重要。と説いています。子供の成長と人間心理の核心をついた教育論になっています。
実際に、能の曲目の中には「子方」という子供が登場する役があり、現在でも能の家の子供は「嵐山」の花見客の子方を初舞台としている人が少なくありません。
要するに、能舞台上でも能楽師育成の場でも子供を重要視していることを知って頂きところです。「子」の文字の多さも、無関係とは言えないでしょう。
「姉」は非常に少なく、「妹」は夫婦の意味で使われる「妹背いもせ」などと使われますが、ほとんど出てきません。
老人の「尉翁姥」よりも、「親父母」が多いのも目につきます。謡曲世界は老人に偏ったものではない証明になっています。
「父と母」、「兄と弟」、「翁と姥」はそれぞれに男女の差がなく、ほぼ同じ数で使われています。中世を舞台にしながら、性差別のないことは新たな発見ではないでしょうか。但し、「親・尉」が主として男性を指しており、1曲当りでは男性が1.2回多く使われています。また、4部-9「僧などの人物」で数えたところでは、「女」が1.3回で「男」は0.6回でした。他に「姫」0.3回もあり、総体でほぼ同数となっています。
20.のグラフは家族を、「子」・「親+父+母」、「兄+弟+妹」・「尉+翁+姥」の4グループにして曲柄別に数えたものです。

一見して4番=狂物に家族の文字が多く使われていることが分かります。1~3番の3倍以上、5番の2倍になっています。「子」の字も1~3番の3倍以上、5番の2倍以上も出てきます。「親父母」も他の曲柄の2倍以上、「兄弟妹」も他の2倍以上になっています。ただ「尉翁姥」だけは、平均より少なくなっています。
4番=狂物の曲は、親子が引き離されたりして、親が正気を失って我が子を狂ったように探し回るような曲が本来のグループなので、家族関係の文字が多く使われているようです。老人は達観していて狂ったりしないようです。
5番=鬼物も1~3番に比べると家族の文字が2倍近く多くなっています。鬼と人間の距離が近く、そこに家族が関係してくるからでしょう。
1番=神物、2番=男物、3番=女物は家族関係に立ち入らずに物語が展開しているようです。老人については、1・2番目物で多く、3番=女物で少なくなっています。前にも触れましたが、女性は年令に敏感なようです。
【予告】次回は「第4部-12 謡曲世界はどんな色?」です。
次の項目など、引き続き「能楽外縁観測第4部」をご覧になる場合は「謡曲の統計4」から進んで下さい。