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その他 能楽外縁観測 第5部-7 室町中期の演目と演能回数など

2023-09-15

では室町中期(1452~1531←2023.11/26修正)の演目を示します。全154曲のうち、42曲はその後に廃曲となり、現行曲としては112曲が伝存しています。この演能回数も示すこととします。 

ここでは、室町中期での演能回数の多い曲と少ない曲に分けて示すこととします。1~2回では当時の演目としては把握できますが、よく演じられた曲とは言えないと判断し、3回以上演能と2回未満の曲に分けて示すこととします。

この結果、室町中期によく演じられた曲が全体の1/3の38曲、少なくとも1回は演じられた曲が74曲となりました。この曲名を単なる羅列ではなく、曲ごとに次の凡例に従って情報を付加して50音順に示すこととします。(A~Eの現代人気度の詳細は第5部-1を参照して下さい。)

凡例
:世阿弥期演目の現行曲(58曲)
:室町中期で増加した現行曲(54曲)
数字:室町中期演能回数(曲単位で計250回)
現代人気度:A=大人気曲(30曲)、B=人気曲(38曲)、C=時々演能(26曲)、D=稀に演能(9曲)、E=演能実績調査対象外の曲(9曲)
ゴシック:習い物の曲(現代で大切にされている18曲)

室町中期演目①:3~7回演能の38曲
葵上〇3A 海士(海人)〇3A 鵜飼〇3A 善知鳥△3B 江口〇3B 社若△7A 柏崎〇4C 葛城△3A 通小町〇4A 邯鄲△4A 鞍馬天狗△4B 源氏供養△3B 恋重荷〇4B 西行桜〇3B 実盛〇5B 自然居士〇5B 舎利△3C 鍾馗△3C 猩々△4A 隅田川〇4A 誓願寺△4C 摂待〇3D 卒都婆小町〇4B 高砂〇7A 朝長〇3C 錦木〇4C 鵺〇3B 白楽天△3C 百万〇4A 二人静△4B 船橋〇3C 放下僧△4B 松風〇4A 三井寺〇4B 盛久〇3B 屋島(八島)〇6A 山姥〇4A 養老〇3B

室町中期演目②:1~2回演能の74曲
藍染川△2D 芦刈〇1B 飛鳥川△1E 安宅△1B 安達原(黒塚)△2A 敦盛〇2B 嵐山△1C 井筒〇1A 浮舟〇1C ○右近〇2C 歌占〇1B 采女△2B 箙△1C 小塩△2C 姨捨〇2C 女郎花△1B 景清△1B 春日竜神△2C 鉄輪△1A 賀茂△1B 威陽宮〇1C 〇2B 清経〇1A 金札△1D 熊坂△1B 車僧△2B 呉服〇1D 源太夫〇1E 元服曽我〇2E 項羽△1C 実方〇1E 志賀△2D 七騎落△2C 石橋 (獅子)△1A 昭君〇2C 善界(首客)△2B 殺生石△1A 蝉丸〇1A 大会△1C 泰山府君〇2E 当麻 (中将姫)〇2C 忠度〇1B 玉葛△1B ○田村〇2A 檀風〇2E 土車〇1D 経政△1A 定家△1C 天鼓△2A 道成寺? (鐘巻)△1A 東北(軒端梅)〇1B 融〇2A 難波〇1C 野宮△2B 野守〇1B 富士太鼓△2B 藤戸△1A 放生川〇2D 仏原△1C 松尾〇1E 松虫△2B 松山鏡△1D 通盛〇2B 三山△1E ○御裳濯(伊勢の御田)〇1E 三輪△2A 紅葉狩△1A 夕顔〇1B 弓八幡〇2C 熊野△2A 楊貴妃△2B 夜討曽我△1C 吉野静〇1D 篭太鼓△2B

室町中期の演能回数ベスト5は、7回の杜若と高砂、6回の屋島、5回の自然居士と実盛の5曲(5%)です。杜若は世阿弥期以後に作られた(1464年以前成立)曲ですが、ほかの4曲は世阿弥期の演目でもありました。現代人気度で見ると、杜若・高砂・屋島はA大人気、自然居士と実盛はB人気曲であり、5曲とも人気曲になっています。室町中期の演能回数ベスト5は現代でも人気を博しているのが分かります。

4回以下演能の曲は、4回が16曲(14%)、3回が17曲(15%)、2回が31曲(28%)、1回が43曲(38%)となっています。
また、室町中期演目の現代人気度を当時の演能回数グループ別でグラフにすれば、次のとおりです。
グラフから当時によく演じられた29曲(14+15)・76%(37+39)が現代でもA・Bの人気曲になっており、1~2回演能の39曲(16+23)・53%(22+31)が現代の人気曲になっていることが分かります。全体として室町中期の演目の6割が現代の人気曲になっているとは、にわかには信じられない数字ではないでしょうか。

逆に現代で稀なD曲(年間平均1回未満演能)は、室町中期では9曲しかなく、そのうちの8曲は室町中期でも1~2回しか演じられていません。

世阿弥期から継続の演目と追加された曲の関係をグラフにすると、次のとおりです。
室町中期演目の現行曲112曲は、世阿弥期から継続の○印58曲と、追加された△印54曲から成っています。この時期は3~4日の勧進能で曲目の重複を避け、観客を意識した選曲がなされて、曲目が増加したようです。

グラフにより世阿弥期から継続している曲のほうが、追加された曲より演じられる回数の多いことがわかります。新曲より古曲が受け入れられる傾向があったようです。追加の54曲の中には安宅・采女・葛城・鞍馬天狗・白楽天・藤戸・放下僧・采女など世阿弥期に創作された曲が14曲も入っています(ゴシックは習い物曲)。他の追加曲は創作下限年で1516年が38曲、1524年が2曲で、やや遅れて成立した曲になっています。

つまり、追加曲の3/4はこの時期の創作曲で、1/4は世阿弥期創作の曲になっており、活発な創作時期であったことと共に、古曲を大切にしていたことがわかります。

また、現代で演能回数20位以内の超人気曲なのに、この時期に演じられていない曲が11曲もあります。その内訳を現代演能回数の多い順に、成立下限年と共に記しておきます。
羽衣1524・船弁慶1516・安達原1465・小鍛冶?・天鼓1465・猩々1466・半蔀1500・班女1430・弱法師1430・巻絹?・土蜘蛛?の11曲です。(?は成立年不詳です。)
先の杜若以外の5曲と比べると、全般に成立年が遅い曲になっています。

なお、現代人気で下位20位以内の稀曲が4曲もこの時代に演じられています。藍染川1466・呉羽1429・志賀1423・放生川1423です。現代の60年間でたった18回の呉羽と、60年間で僅か3回の藍染川はこの時代に2回も演じられています。藍染川は当時の新作能としてたまたま2回演じられたのかもしれません。

次に、室町中期演目の曲柄構成を見てみます。世阿弥期からの演目数の推移と合わせてグラフにしました。(曲柄の説明は第1部-5をご覧下さい。)
グラフで演目数が徐々に増えていることが分かります。また、後代で廃曲となる曲も一定の数があることも確認できます。

曲柄で見ると4番目の狂物=雑物の曲がどの時代でも一番に曲数が多く、世阿弥期から室町中期で若干減少していますが現行曲数は世阿弥期の2倍以上になっています。しかし、構成比率では減少傾向にあることが注目されます。

曲数の増加率が高いのは、3番目=女物と5番目=鬼物です。どちらも世阿弥期から室町中期で2~3倍になり、さらに現在までに約2倍に増えて、世阿弥期と比較すれば約5倍となっています。元々少なかった曲柄構成の歪みをバランスさせようとする力が働いたのかも知れません。

1番目=神物は世阿弥期と室町中期で曲数に増減がなく、現行で約3倍の曲数となっていますが、構成比は横ばいになっています。神仏を現在より強烈に感じていたと思われる中世より、現行曲で大幅に増えているのはいつ頃からなのか、その背景にも興味の湧くとこころです。

一番増加の少ないのが2番目=男物です。曲数は12→11→16曲と推移し、構成比も18%→13%→6%と減少しています。武勇に勝れた英雄は多くても、詩を詠んで舞い姿の似合うモデルは見出し難いのかも知れません。

この節の最後に、世阿弥期演目の現行曲87曲のうち、室町中期にも演能されたのは58曲であり、この間に欠けた曲名を掲げておきます。ここでは現行5流が共通で採用している曲をゴシックとしました。(これらの曲は現行曲ですから、この時期以後に復活しています。なお、論文では室町中期演目の「実方」を世阿弥期にも演じられた曲として掲げていますが、ブログ子としては世阿弥期演目として確認できなかったので、これを除いた28曲を掲げています。)

世阿弥期演目で室町中期に演じられなかった28曲(現行曲)
綾鼓E 蟻通C 淡路D 雲林院B 烏帽子折C 老松C 花月A 合浦D 兼平C 高野物狂C 逆鉾D 桜川C 春栄D 関寺小町D 竜田B 藤永E 東岸居士C 唐船C 木賊C 知章D 花筐A 班女A 桧垣D 富士山E 室君D 求塚B 頼政B 弱法師A(ゴシックは現在5流が共通して採用している曲)

28曲のうち、6割の17曲が、現代で5流が共通して採用している曲となっています。中でも現代で人気曲となっている花月、竜田、花筐、班女、求塚、頼政、弱法師が、どうして室町中期に演じられず、後に復活して現行曲になったのかは分かりません。戦乱で演能記録が散佚したのかとも想像します。

次回2023.9/30には「勧進能について」を掲載します。

引き続き第5部をご覧になる場合は、「謡曲の統計5」から進んでください。

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