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その他 能楽外縁観測 第5部-9 室町期5種の勧進能

2023-10-13

表章オモテアキラ「能の変貌―演目の変貌を通して」(1990法政大学学術機関リポジトリ)論文では、世阿弥期後の室町期で代表的な勧進能5種を挙げて詳説しています。勧進能の演目を取り上げた理由を「三日または四日にわたる晴れの催しで、原則的には重複しないまとまった曲数が演じられ、観客を意識した選曲がなされている」からとしています。

ここでは表論文で取り上げられた5種の勧進能について詳しく見ることとします。
まずその開催年代の時代位置をグラフで確認します。
5種の勧進能は、世阿弥没後のほぼ室町後半期の各年代から偏りなく選ばれていることが分かります。

では、5種の勧進能の内容と曲名を順に示します。凡例は次のとおりです。
〇:世阿弥期演目の継続曲
△:世阿弥期演目になくて追加された曲
×:非現行曲
A~E:現代人気度です(Aは大人気曲、Eは調査対象外。詳細は第5部-6参照)
ゴシック:現代で大切にされている習い物曲

Ⅰ室町前期・寛正5年1464年4月糺タダス河原観世大夫勧進能(前節の):鞍馬寺再興のため音阿弥とその子・観世4世政盛が催し、将軍足利義政が3日間とも来臨して世間の注目を集め、最も著名な勧進能となっています。
1日目(4日):高砂(相生)〇A・八島(屋島)〇A・三井寺〇B・邯鄲△A・源氏供養△B・丹後物狂×・鵜飼〇Aの7曲。
2日目(7日):鵜羽×・敦盛〇B・山姥〇A・春近×・松風〇A・自然居士〇B・恋重荷〇Bの7曲。
3日目(10日):白楽天△C・誓願寺△C・箱王曽我(調伏曽我)△E・二人静△B・四位少将(通小町)〇A・碪()〇B・樒天狗×・杜若△A・放下僧△B 御乞能2番:養老〇B・名取老女(護法)×の11曲。
3日間で25曲。御乞能とは将軍所望による追加曲です。論文では3日目を4月11日としていますが、前出舞台図及び糺河原勧進猿楽日記では4月10日となっています。また、同日記では3日目の演目に音阿弥出演の実盛の曲が追加されて12曲となっていますが、論文と前出舞台図に実盛は載っていません。
この勧進能について論文は【総じて白楽天・源氏供養・杜若・誓願寺・邯鄲など世阿弥に続く時期の作らしい曲がかなり含まれる点が注目される。しかし、春近(磯屋・籠破)や樒天狗は古作の系統。箱王曾我(調伏曾我)は曾我物では世阿弥期演目の元服曾我に次ぐ記録で、世阿弥期演目の比率が56%(14/25)を占める】と記しています。
参考までに国立国会図書館デジタルコレクション/群書類従第445-447冊/糺河原勧進猿楽日記から、3日間の曲名が記された100・102・103コマの画像を1枚にして示しておきます。(群書類従:江戸後期の国学者・塙ハナワ保己一ホキイチ編著)
画像から、邯鄲や鵜飼など音阿弥の演じた曲が分かり、1日で2番は音阿弥が演じているようです。
また、1日の最後の曲を除いて、演能の曲ごとに狂言が演じられています。その演目を読むと次のようになっています。但し、×は現行狂言一覧で見られない曲、( )内は現行曲名を当てたものです。
1日目:三ノ丸長者(三人長者)・サルヒキ×・カクレミノ(隠笠)・ハチタゝキ(鉢叩)・懐中(懐中聟)・八幡之前(八幡前)。
2日目:ヒケカイタテ×・大カ小カ×・鬼ノマメ×・イモシ(伊文字)・キシヤク×。
3日目:三本柱・コヨミ×・アサイナ(朝比奈)・実盛の後に茶ガキザトウ×・ハラツゝミ×・若メ(若和布)・入□?川(入間川)・見るむこ×・シユウク(秀句傘)・ワラウチ×・□?クイ×。以上全22曲・内現行11曲
なお、1日目の三井寺の後に「狂言師ウサキ太夫」と記されています。そして、源氏供養と丹後物狂の後の狂言曲名に「兎」と書き付けられ、2日目以後の数曲にも「兎」の添え書きがあります。当時に狂言師・兎大夫が活躍していたことが分かります。ネットのコトバンクでは、兎大夫を室町前期の狂言師・路阿弥ロアミの別称で、鷺流の流祖説があると出ています。他の勧進能でも一番ごとの能の後に狂言が演じられ、それから次の能へと続いたようですが、ブログ子の力では全体の確認をすることはできません。

Ⅱ.室町中期・文明10年1478年誓願寺観世大夫勧進能:土御門ツチミカド室町周辺。将軍義尚来臨。観世5世之重(20代後半)・観世小次郎信光後見か。
1日目(4/22):葛城の賀茂(代主)△D・箙△C・丹後物狂×・楊貴妃△B・鞍馬天狗△B・盛久〇Bの6曲。
2日目(4/23):白楽天△C・卒塔婆小町〇B・熊野参×・蝉丸〇A・春近×・中将姫(当麻)〇C・松山鏡△D・吉野静〇Dの8曲。
3日目(4/25):誓願寺△C・朝長〇C・三井寺〇CB・草刈(横山)×・壇風〇E・邯鄲△A・姨捨〇C・四位少将(通小町)〇A・清重×の9曲。(3日間で23曲)
論文は親元日記が記す初日分と大日本史料及び「宝生」昭和61年1月号の片桐登稿を参照したと補記しています。但し、2日目の中将姫(当麻)は雲雀山と見る向きもあるが、同じ曲名が次の.2日目に脇能として演じられ、翌日の誓願寺との縁から当麻と見た、としています。世阿弥期演目の丹後物狂・三井寺・四位少将(通小町)は.でも演じられているが、白楽天・春近・誓願寺・邯鄲は室町中期で追加された曲であり、さらに、丹後物狂・卒都婆小町・吉野静・草刈・檀風及び古曲のハズである松山鏡など古い能が目立ち、世阿弥期演目が半数程度で世阿弥色がやや薄い点が興味深い。また、信光が後見的地位にいたらしい時期の勧進能なのに、信光作が一番も含まれていないことも注意される、と結んでいます。

Ⅲ.室町後期・永正2年1505年粟田口金春大夫勧進能(前節の。金春大夫は禅鳳元安。4日間の勧進能は長録2年1458年の前例あり。国立国会図書館デジタルコレクション/群書類従第445-447冊108コマ~/粟田口猿楽記の参照可。)
1日目(4/13):嵐山△C・清経〇A・熊野△A・美人草(項羽)△C・烏頭(善知鳥)△B・杜若△A・野守〇B・汐汲(松風)〇Aの8曲。
2日目(4/14):中将姫(当麻)〇C・横山×・三井寺〇B・昭君〇Cの4曲。
3日目(4/16):西行桜〇B・八島(屋島)〇A・葵上〇A・頼風(女郎花)△C・海人(海士)〇A・邯鄲△A・自然居士〇B・舎利△C・百万〇Aの9曲。
4日目(4/17):山姥△A・実盛〇B・定家葛(定家)△C・船橋〇C・柏崎〇C・二人静△B・岩船△Cの7曲。
4日間で28曲。3日目の邯鄲と自然居士は2日目予定が雨で延引したもの。
1日目から順に嵐山・昭君・海人・定家と金春色が出ている。世阿弥期演目の比率が5種の勧進能の中で一番高い61%(17/28)を占める、と論文は記し、当時の観世と金春の近さが読み取れます。

Ⅳ.室町後期・天文元年1532年一条西洞院日吉大夫勧進能:大和四座(観世・金春・宝生・金剛)以外の猿楽。国立国会図書館デジタルコレクション/言継トキツグ卿記5=101コマ~参照で、一条西洞院広橋前。若宮様・准后様臨席と分かる。論文では、主演の日吉大夫は、丹波猿楽か近江猿楽で大和四座以外としている。(参:当時、丹波にヒヨシ座、近江にヒエ座があった。)
1日目(4/29):玉井△C・朝長〇C・落葉宮(落葉)△E・教頼(範頼)×・藤栄〇E・藤戸△A・羅生門△Dの7曲。
2日目(4/30):当麻〇C・笈捜(刀)×・野口判官×・桜川〇C・夜討曾我△C・錦木〇C・美人草(項羽)△C・鉄輪△A・春日竜神△Cの9曲。
3日目(5/1):氷室△C・松風村雨(松風)〇A・守屋×・張良△C・春栄〇D・竜田〇B・浜川×・阿漕△B・車僧△Bの9曲。
4日目(5/2):弦上(玄象)△B・身売×・定家葛(定家)△C・葛×・菊池×・道明寺△D・玉葛△B・鵜飼〇A・盛久〇Bの9曲。(4日間で34曲。論文では33曲となっている。)
世阿弥期演目以外が67%(22/33)と多く、他の勧進能では見られないか、あっても1回だけの珍曲(落葉・範頼×・刀×・野口判官×・守屋×・浜川×・絃上(玄象)・身売×・菊池×など)が多い。禅竹作(竜田・定家・玉葛)や信光作(玉井・羅生門・項羽・張良)をも含む大和猿楽系の能を多く取り入れつつも独自の能を保持していたことが知られ、古作・世阿弥作・その直後の能・信光などの近作・独自の能と、すこぶる多彩な演目の勧進能である。大和四座系以外の猿楽の演目の典型に近かろう、と論文は指摘しています。
 
Ⅴ.室町末期・永禄7年1564年相国寺八幡観世大夫勧進能:室町幕府後援最後の勧進能。観世7世元忠(宗節)。国立国会図書館デジタルコレクション/言継卿記25=209コマ~参照可。
1日目(5/14):弓八幡〇C・朝長〇C・定家△C・女郎花△C・邯鄲△A・大会△C・朝顔×の7曲。
2日目(5/15):老松〇C・安宅△B・二人静△B・錦木〇C・三井寺・〇B東岸居士〇C・鶴×・呉服〇Dの8曲。
3日目(5/17):山姥〇A・春栄〇D・松風〇A・木賊〇C・三輪△A・春日竜神△C・猩々△A・二人静△B・遊行柳△Bの9曲。
4日目(5/20):当麻〇C・実盛〇B・船弁慶△A・融〇A・桜川〇C・松虫△B・卒塔婆小町〇B・高砂〇Aの8曲。(4日間で32曲)
表章論文では、2日目に続く同じ曲の3日目の二人静は乞能だろうとし、世阿弥期演目以外が44%(14/32)で、この14曲は以前から観世流の演目内で、天文14年1545年に同じ場所で同人が催した勧進能に維盛・輪蔵・生贄・河水・御悩楊貴妃(皇帝)・檀風が演じられた類の自由さが失われている。室町末期の勧進能の例として掲出した、と記しています。しかし、現代で大切にされている習い物曲が、5種の中で一番多い9曲が含まれています。(他は3~6曲にとどまっています。)

次回は2023.10/31に「5種勧進能のまとめ」を掲載の予定です。

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