ブログ

その他 能楽外縁観測 第5部-12 織豊期の演能状況

2023-12-02

これからは第5部-序で掲げた織豊期資料4種について、見ていくこととします。

4種とは、A.観世信光筆写本、B. 観世元頼系写本、C. 車屋謡本、D. 謡抄ウタイノショウのことでした。これらに所収された各100曲前後については、直接の演能記録ではありませんが、室町末期までに創作された謡曲が約1000曲に及ぶ中で、僅かに1/10程度の曲が選ばれていることから、また、「謡ウタイ」の流行が始まった時期であることから、これらの所収曲が演能状況とは無関係と思われず、間接的に演能曲を反映していると仮定して先へ進めることとします。

先ずは織豊初期のA.観世信光写本B. 観世元頼系写本について見ることとします。

観世信光(1450-1516)は音阿弥の七男で小次郎とも称し、嫡男の長俊と共に能本章句改訂に関わり、30曲ほどを作能しました。現行曲として愛宕空也・右近・大蛇・九世戸・皇帝・胡蝶・玉井・張良・舟弁慶・紅葉狩・遊行柳・吉野天人・羅生門・龍虎など17曲を残しています。(第2部-10で現行曲多作第三位です。)また、道成寺の原曲・鐘巻の作者と言われています。華麗な扮装や大がかりな作り物に、ワキ方の活躍をはじめとして多数が登場するなど、ショー的スぺクタル的展開で戦国乱世にアピールする工夫が見られると評されています。また、晩年作の遊行柳は幽玄な詩情を醸し、才能豊かであったと評されています。(能楽大辞典参照。以下同様)

観世長俊(1488頃-1541頃)は25曲を作能し、現行曲として江野島・大社・葛城天狗・正尊・輪蔵を残しています。父信光の作風を継いで、空想的異国趣味などが強調されています。長俊以後、個性的作風を具えた能作者は現れず、室町後期で能は固定期に入ったとされます。

長俊の嫡男・観世元頼(1518-1573・宗節)は祖父と父の節付フシヅケ本に基づいて章句(節符号)を施し、その謡本83曲が現在各所に所蔵されています。これは現存する観世流謡本集として最古のものです。また謡ウタイに勝れ、9世観世大夫黒雪にも教えたと辞典は記しています。(83曲本の詳細はネットで確認できませんでした。)

野上記念法政大学能楽研究所の能楽資料デジタルアーカイブで「伝観世小次郎信光筆謡本」を閲覧すると、解題に【袋綴中本。伊達家旧蔵。観世小次郎信光の自筆とする正徳三年の観世大夫滋章の極めがあるが信じがたい。本文は元頼本の系統を汲み、戦国期と推定し得る数少ない揃本の一つとして貴重。】とあります。従って信光筆を否定し、孫の元頼晩年の室町末期・織豊期直前の1570年頃原本の写本と想定することとします。(従って第2部―2でこの写本を1510年としていたのは修正することとします。)

この曲目一覧では「あふひの上=葵上」など100曲が掲げられ、非現行曲の朝顔・黒主・丹後物狂・常陸帯・矢立鴨の5曲が含まれ、現行曲95曲を収めています。

もう一方のB. 観世元頼系写本を見てみます。野上記念法政大学能楽研究所の伊達家旧蔵能楽資料デジタルアーカイブで「堀池父子節付観世流謡本」を見ると、解題に【観世元頼系統の観世流謡本。天正四年1576年の堀池次介忠清(宗叱)本を主体に、堀池弥次郎忠継本や観世橘右衛門本の書写本等が混在する。いずれも天正頃写。堀池は永禄天正期に栄えた素人猿楽の家で、禁中や公卿の周辺で活躍した。】とあって、曲名一覧で74曲を集めています。このうち、右近・三井寺・屋島の3曲は重複しており正味71曲となります。非現行曲の朝顔・黒主・藤渡の3曲を除くと、現行曲は68曲となります。

現行曲のA.伝信光筆95曲とB.元頼系68曲を、曲目で照合すると全部で109曲となり、双方に所収が56曲、A.のみ所収が44曲、B.のみが15曲となります。これを世阿弥期演目・室町後半期追加演目・織豊初期2種謡本で追加の曲に分けてグラフにすると、次のとおりです。
グラフを見ると、織豊初期の2種謡本集双方に所収の曲は、世阿弥期及び室町後半期演目の比率が46+41の87%と多くを占めています。

世阿弥期・室町期に演じられた記録のない曲で、織豊初期2種謡本集で追加された現行曲は全体で15曲=13%です。伝信光本のみの中では8曲=20%が追加曲で、非現行曲も3曲=7%あり、この謡本集は元頼系よりやや新曲・希曲に目を向けているようです。

2種謡本で追加された15の曲名を50音順で挙げておきます。
凡例
双:2種謡本に所収  信:伝信光本のみに所収  元:元頼系のみに所収
A~D:現代人気度(詳細5部-1参照) ゴシック:習い物曲

梅枝;信C 鸚鵡小町;信C 祇王;信E 皇帝;双D 小督;信B 小袖曾我;信B 白髭;信D 西王母;元C 千手;信A 竹雪;信E 唐船;双C 羽衣;信A 芭蕉;双C 鉢木;元B 頼政;双B

追加曲の現代人気度を見ると、双方所収の追加4曲はBCCD、信光本のみの9曲はAABBCCDE、元頼系のみの2曲はBCとなっています。双方所収は現代人気度の低い曲が多く、信光本のみ所収は高い人気度の曲から稀に演能の曲まで幅広く所収されています。

信光本による追加の曲名を見ると、現代で抜群の人気断然トップの羽衣と、千手などの人気曲や、重い習い物となっている鸚鵡小町が入っており、また、宝生と喜多流だけで現行曲となっている竹雪などの希曲を含んでいることが注目されます。

非現行曲について見ると、全体では5%にとどまっています。これまでの推移を見ると、世阿弥期演目では138曲中51曲が非現行曲で37%を占めていました。その後、室町中期演目では154曲中の42曲で27%、室町期5種勧進能では101曲中の18曲で18%となっていました。非現行曲の構成割合が織豊初期で5%まで大きく低下していることは、室町末期までで能の新作は止まり、既存の曲の固定化が進んで来たことを示しています。第2部-4のグラフで現行曲の成立年代を示し、室町後期の1550年までに現行全248曲の85%が成立していることを示しましたが、このことは上の事情と共通しており、改めて能は殆どが室町期に作られたことが確認できます。

ここで曲名を掲出したい所ですが、次節以降で取り上げる車屋謡本などでも同じような曲名集を載せることになりますので、別項の織豊期全体のまとめで示すこととします。

ただ、織豊初期謡本集2種所収の現行曲109曲を現代人気度の構成割合でグラフにすると次のとおりです。
2種謡本集のどちらにも所収の現行54曲は、現代人気度A&Bの人気曲が70%あり、現代の60年間で60回以上演能のC時々演能を加えると94%になります。60年間で60回未満演能Dの稀に演能が6%しかありません。

これに対し2種謡本集のうち片方にだけ所収の現行55曲は、A&B人気曲が半分以下であり、Cの時々演能を入れて8割前後となっています。

双方所収の曲は現代の人気曲が多くを占め、片方だけ所収には希曲が2割前後もあります。それぞれの謡本集は一定の特徴を持ちながら、大枠の骨格は現代で人気を博す曲目を大切にしていたと思われます。

次回は2023.12/15に第5部-13「車屋謡本について」を掲載する予定です。

引き続き第5部をご覧になる場合は、「謡曲の統計5」から進んでください。

受付時間

通年 AM9:00~PM5:00