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その他 能楽外縁観測 第5部-15 室町織豊期の演能等記録のまとめ

2024-01-13

ここまで室町期と織豊期の演能記録や謡本集などを見てきました。その全体を現行曲についてまとめて見ることとします。

単なる曲名別記録数の羅列ではあまり意味がありませんので、全体を6種に分けて把握し、一定の基準で曲目ごとに配点してから眺めることします。

6種とは、室町の初期・中期・後期の演能記録3種と、織豊期の写本・車屋謡本・謡抄の3種を指します。配点は記録回数等で次のように重み付けします。
・世阿弥期演能記録87曲:継続の65曲は2点、一旦中断後再開の22曲は1点
・室町中期演能記録112曲:3回以上の38曲は2点、2回以下の74曲は1点
・室町後期勧進能記録83曲:2回以上の25曲は2点、1回のみの58曲は1点
・織豊初期の写本2版計109曲:2版掲載曲53曲は2点、1版のみの56曲は1点
・織豊期車屋謡本3版130曲:2or3版掲載の43曲は2点、1版の87曲は1点
・織豊期謡抄5版108曲:全5版掲載の82曲は2点、4版以下の26曲は1点

以上の配点により、現行248曲について江戸以前の演能等記録の構成比を、記録なしの曲とともにグラフで示すと次のとおりです。
グラフから、現行248曲のうち154曲の63%は室町期に演能記録があり、織豊期で追加された曲は41曲の16%にとどまっています。江戸前までの記録曲は104曲の79%となり、その後の追加曲が53曲の21%もあることが分かります。この53曲はいつ頃どのように追加されたのかも興味あるところです。(端数処理されたグラフ数値で示しています。)

次に、円グラフの区分ごとの現代演能頻度をグラフにすれば次のとおりです。
グラフから明らかなことは、室町と織豊の両期に記録のある曲は、現代の60年間演能頻度が高くなっていることです。特に9~12点の32曲は、現代で年間平均4回以上のA+Bが25曲と79%を占めています。2~8点でもA+Bで50%前後となっています。

これに対し織豊期に記録がなく、室町期だけ記録の曲はA+Bが21%にとどまっており、現代で稀にしか演能されないDや、実績調査外の観世で非現行のEがそれぞれ30%前後もあります。

他方の室町期演能記録になくて織豊期のみ記録の41曲は、現行全248曲の演能頻度構成とほぼ同じになっています。室町期で誕生した能楽の曲目は、織豊期で取捨選択され、それが現代にも通ずる結果になっていることは興味深いことです。
江戸前までに記録のない曲が53曲もありますが、現代で演能される頻度の少ない曲のD+Eが33曲・63%も占めていることが分かります。時代が下った現代に近い時期の追加曲なのに、現代であまり人気のない稀曲・珍曲が多いようです。江戸期での演能状況に興味の湧くところです。(江戸期での能作は極めて例外だったことは第2部-4に示したとおりです。)

以上のグラフの元となるデータは次のとおりです。
特に点数の高い曲を紹介すると、満点の12点が鵜飼A・卒塔婆小町B・三井寺B・屋島Aの4曲で、次点が葵上A・通小町A・西行桜B・自然居士B・錦木C・松風A・山姥A・盛久Bの8曲です。この12曲は室町各期と織豊期謡本等のほぼ全てに複数回の記録がある曲です。現代においても錦木以外は毎年4回以上演能のAorB曲で占められています。そして半数近い5曲が現代で大切にされている習い物曲となっています。今から600~400年前の演能状況がこれほど現代と酷似しているのは驚くばかりです。その後の400年間という長い時間がなかったかのようです。

なお、錦木は現代60年間で144回の演能があり、調査208曲中120位となっています。想う女性の家の門に美しく彩った錦木を立て、女性が承諾するとその木を取り込む風習を題材とし、死後に願いの叶った男性が喜びの舞を舞うストーリーです。自由恋愛が難しい時代に人気を博したことが想像されます。

次回は、2024’1/31に第5部-16「室町・織豊期演能等記録の曲別一覧」を掲載する予定です。

引き続き第5部をご覧になる場合は「謡曲の統計5」から進んでください。

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