江戸時代は1603~1868年の265年間もあり、一気にその演能状況をまとめるのは困難です。入手できる資料の、江戸初期能番組、歴代将軍宣下能、江戸中後期演能状況について順次掲載することとして、次の目次に添って掲載することとします。
第6部 江戸時代の演能状況 目次
第6部-1 江戸時代の演能状況
第6部-2 江戸初期能番組七種の概要
第6部-3 江戸初期の演能回数など
第6部-4 世阿弥期~江戸初期演能回数と曲目数の推移
第6部-5 江戸初期の曲別演能回数
第6部-6 江戸初期と現代の曲別演能頻度
第6部-7 江戸初期下位曲と現代の曲別演能頻度
第6部-8 現代で演能の多い曲の江戸初期との比較
第6部-9 将軍宣下祝賀能について
第6部-10 将軍宣下祝賀能の演目など
第6部-11 将軍宣下祝賀能の全体
第6部-12 将軍宣下祝賀能の曲目集計
第6部-13 翁付き脇能
第6部-14 江戸中後期の演能状況
第6部-15 触流し御能組のデータ
第6部-16 江戸中後期の演能状況概要
第6部-17 江戸中後期の曲別演能回数1/3
第6部-18 江戸中後期の曲別演能回数2/3
第6部-19 江戸中後期の曲別演能回数3/3
第6部-20 江戸と現代の曲別10年平均演能回数1/3
第6部-21 江戸と現代の曲別10年平均演能回数2/3
第6部-22 江戸と現代の曲別10年平均演能回数3/3
第6部-23 江戸時代と現代の曲別演能状況比較
第6部-24 江戸時代と現代の曲別演能状況のグループ化
第6部-25 江戸時代と現代の曲別演能状況グループ内訳
なお、徳川将軍期別演能状況は第7部で、江戸時代の勧進能は第8部で展開します。
最初は江戸初期の能番組記録からです。法政大学学術機関リポジトリの「江戸初期能番組七種」論文を参照することとします。これは能楽研究者の表章オモテアキラ氏らが昭和60年1985頃から資料集めを始め、一部文部省からの補助金を受けて平成12年2000年にようやく最終稿がネットに公表された論文です。
織豊後期の1590年から江戸初期の1668年までの79年間の演能について、七種の資料で934件の番組記録をまとめています。
全体を三部で構成して3年に分けて公表され、小さな7Pの文字でA4版約500頁に及ぶ大作となっています。
内容は能・狂言について、資料番号・行事名称・日時・主催者・場所・主な観客・能狂言の曲名・演者氏名と、備考として参考資料名等を記述しています。
その第三部第三節(154~178頁)に曲名索引が付されています。曲名ごとに、資料番号・演者名が延々と極端な縮小文字で記されています。資料番号から演能時期が分かるので、江戸初期演能について時期別・曲名別・演能回数を数えることができます。
同様の論文が江戸中期・後期及び明治・大正期・昭和初頭についてもまとめられているとありがたいのですが、残念なことに僅か数百万円の文部省予算が付かず、この研究は途絶えています。
本節では、この「江戸初期能番組七種」論文の概要を紹介します。
まず、担当した研究者11名に敬意を表してその氏名を掲げておきます。( )内は論文に記載の1999年10月現在の肩書です。生没年と2023年現在の肩書はネット検索によって補ったものです。生年不詳を経歴から推定した場合に「頃」を付けました。*印は観世寿夫記念法政大学能楽賞の受賞年です。
・表章1927~2010(法政大学名誉教授) *2009年
・小田幸子1949~(聖徳大学助教授)現日本大学芸術学部非常勤講師 *2017年
・落合博志1960頃~(国文学研究資料館助教授)現教授
・表きよし1958~(国士舘短期大学教授)現国士舘大学教授
・片桐登(法政大学第一教養部教授)
・樹下文隆1975頃~(広島女子大学助教授)現神戸女子大学古典芸能研究センター長
・小山弘志1921~2011(東京大学名誉教授)退官後国文学研究資料館長
・竹本幹夫1948~(早稲田大学文学部教授)現名誉教授 *1999年
・橋本朝生1947~2011(山梨大学教育学部教授) *1997年
・三宅晶子1955頃~(横浜国立大学教育学部助教授)現奈良大学教授 *2002年
・山中玲子1957~(法政大学能楽研究所助教授)現文学部教授・所長
11名のメンバーは能楽研究で著名な方々で、3名は既に故人となられましたが、現役の9名は現在も法政大学能楽研究所「能楽学会」常任委員(落合博、表きよし=代表、竹本幹夫=会計監査、山中玲子)を務めたり、能楽関連著書執筆や観世文庫のデジタルアーカイブ構築など能楽研究に尽力されています。
以下に、データ収集の元となった江戸初期の演能記録七種(A~G)の概要を転記しておきます。
A.「小鼓大倉家古能組」:小鼓大倉流家元大倉源次郎氏蔵。江戸中期筆の写本一冊。
小鼓大倉家古能組に関する考察で、各催し等について考証している資料です。天正十八年(1590)から慶長十六年(1611)にわたる54種の能組(若干は重複)を収め、大倉家の先祖の出演した催しが主体。囃子方まで記載した詳細な番組と、曲名・シテ名のみに近い簡略な能組とが混在する。豊臣秀吉・秀次周辺の、他に記録のない催しの番組を多く含む点が貴重。(能組とは能の番組=プログラムのこと)
B.「天正慶長元和御能組」:観世文庫蔵。半紙本一冊。江戸中期書写。
記載が年代順ではなく、年記を誤ったものや無年記の分もあるが、それを整理して言えば(他の番組集との比較などからすべて年月日は判明)、天正二十年(1592)、慶長四(1599)・八~十一(1603~1606)十六(1611)・十九年(1614)、元和三(1617)・七~九年(1621~1623)の番組を計50種収める。場所が江戸・駿府・京都にわたり、囃子方の名をも記載しているが、狂言やアイはすべて省略されている。元和七年(1621)の江戸での観世大夫勧進能の分など、他の番組集に見えないものが多く、Cとあまり重複していないことも有難い。
C.「古之御能組」:宮城県図書館伊達文庫蔵の全九冊の番組集。
後人の付した冊順は年代順ではないが、第三冊所収と第六冊所収分にも番号を添えて、第何冊所収の番組かが分かる形にした。全体を通して言えば、第二冊は薪能だけ(若宮祭後日能分か一種混じる)の番組で、 慶長十一・十三年(1606・1608)、寛永十八・二十一年(1613・1616)、承応二・三年(1653・1654)、明暦四年(1658)、万治二~四年(1659~1661)、貞享三年(1686)分。この内の貞享三年分だけは今回の整理では除いた。他の八冊には,文禄二年(1593)・慶長十一年(1606・第一冊),慶長十二~十六年(1607~1611・第三冊)、元和三~七年(1617~1621・第四冊)、寛永元~四年(1624~1627・第七冊),寛永四・五年(1627・1628・第八冊),寛永十四~十八年(1637~1641)・承応二年(1653・第九冊)、承応三年(1654)、明暦元年(1655)、万治二年(1659・第五冊)、万治三年(1660)、寛文元年(1661・第六冊)の番組を,飛び飛びながら400種以上収める。狂言大蔵家(後半は特に八左衛門家)の人の記録に基づく江戸中期の書写らしく、狂言について詳細なのが特色で、ワキや囃子方の名はほとんど記載していない。
D.「江戸初期能組控」:法政大学能楽研究所般若窟文庫蔵。江戸初期筆の横本・一冊。
記載順がすこぶる混乱しており、無年記の分をも含むがそれらを整理して言えば、文禄二年(1593・禁中能)、慶長十八年(1613)、元和六年(1620)、寛永三・五~八・十~十三・十八年(1626・1628~1636・1641)、慶安元~四年(1648~1651)の番組計70種を収める。Cと同じく狂言大蔵家の記録に基づくらしく、狂言については詳細であるが、能は曲名とアイだけでシテの名すら記さない番組もある。金春大夫家旧伝本ではあるが、江戸や京都での古七大夫勧進能など、他の番組集に見えない特殊な催しの番組が特色で、書写年代も寛文頃と考えられる古写本である。
E.「御城諸家御能組」:観世文庫蔵。中型横本二冊。江戸中期筆。
共紙表紙に「御城御能幷二諸家能囃子之写」とある。上冊に慶長末年(1615)、元和四・五・七・九・十年(1618・1619・1621・1623・1624)、寛永二~五・八年(1625~1628・1631年6月まで)の分、下冊には寛永八(8月以降)~十・十八・十九・二十一年(1631年8月~1633・1641・1642・1644)、正保二~四年(1645~1647)の分、計206種の番組を収める。江戸城での催し、および大御所・将軍御成先での能の番組が主体で。観世大夫が出演した催しのみに限定されている。狂言は一切省略し、囃子方については詳細。Cに次いで量が多く、それとの重複が少ない点が有用である。年記の誤りや無年記の番組も少々含まれるが、他資料との比較などでほとんど補正できた。綴じずに途中に挿入してある3種の番組(本文と同筆)には、最終部の番号を付けた。
F.「寛永雑記」:三巻六冊。中形横本。田安徳川家|日蔵本。現所在不明。
一時鴻山文庫にあった時に撮影した能楽研究所蔵のフィルムによる。寛政十一年(1799)に官医河野某所持の本に基づいて書写した本で、田安家三代目の斉国が筆者らしい。寛永四年から同十九年(1627~1642)までの間の江戸城内または御成先での茶会の記録が主体で、茶道史研究上の好資料であるが、茶会後の能や城中の奥能などの番組をも豊富に収め、113種に及ぶ。茶道家兼江戸城庭師だったらしい山本道句(道勺とも)が原本の筆者のようである。各巻が本・末の二冊から成って全六冊であるが、各巻所収分を3個の番号で添えた。
G.「寛文御能組」:観世文庫蔵。半紙本一冊。
寛文二年から八年(1662~1668)までの江戸城での催し(謡初を含む)だけ41種を集めた番組。観世大夫または嗣子の出演していない番組も十種含まれている。シテ・ワキ・囃子方の名を添えた能の曲名列記の後に狂言の曲名と演者(シテだけが原則)を記す、江戸期の番組の典型的な形を持つ。アイは習い事の場合にのみ狂言の曲目に加えて記載。
以上七種はある程度まとまった能番組資料を選んだものと思われます。他にも当時の能組や演能記録は多数あるハズですが、種類が多くなる割に演能番数や曲数が限られるので、江戸初期の演能状況を把握する上で取捨選択された結果となっていると思われます。演能全体のどれだけを七種資料がカバーしているのかは分からないのが実態です。
次回は、2024.2/29に第6部-2「江戸初期能番組七種の概要」をグラフで掲載する予定です。
引き続き第6部をご覧になる場合は「謡曲の統計6」から進んでください。



