その他 第6部-6 江戸初期と現代の曲別演能頻度
2024-04-23
江戸初期と現代の演能回数を比較すると、現代は単純な年間平均で20倍になります。江戸初期は79年間4760回(曲単位番数)で60.3回/年となり、現代は1950~2009年の60年間72420回で1206.9回/年からの計算です。(現代のデータは観世流の有料公演に限定されているので、他流を入れれば倍増すると思われます。)
これを曲別で見ると、また違った姿が浮かび上がります。
最初に、江戸初期演目全163曲のうち上演回数上位25曲について、現代演能頻度との比較グラフを示します。江戸初期と現代の人気曲比較として見ると興味が湧きます。
江戸初期の演能回数トップ5は、翁359回、高砂176、猩々126、船弁慶114、賀茂102回となっています。翁は江戸初期で10年平均45回と別格となっており、次の高砂の倍以上も演じられています。翁は現代では60年間で953回の上演で年平均15.9回となっています。単純な頻度比較では現代が3.5倍に増えています。
高砂は、グラフのとおり10年平均で22.3回、現代年平均で13.6回となっており、頻度比較で6.1倍となります。次の猩々は11.1倍、船弁慶は18.2倍となります。
グラフの中では、他に天鼓と葵上が現代の演能が多くなっています。計算すると22倍と34倍になります。翁と高砂の増加率が他曲より少ないことは、この2曲が江戸初期で特別に多く演じられたことを示します。いわゆる五番立ての能会において、先ず翁が舞われ、続いて翁に添える脇能として高砂や賀茂・養老・老松などが演じられていたからです。世阿弥の説いた序破急理論が実践されて、朝一番の能はめでたい能に限るとされたからです。
江戸初期19位の葵上は現代で羽衣に次ぐ2位の超人気曲であり、江戸初期18位の天鼓は現代で8位の演能回数を記録しています。逆に江戸初期で20位の呉服は、0.4倍と現代で非常に少なくなって208曲中の193位の曲になっています。
次に、江戸初期上位26~50位のグラフを示します。
上のグラフで現代での増加が著しいのは、清経30.5倍、融26.7倍、邯鄲18.1倍、鵜飼23.6倍、井筒37.4倍、花月23.7倍となります。逆に増加が少ないか減少している曲は芭蕉2.0倍、張良2.1倍、羅生門0.4倍、藤栄0倍、白楽天2.2倍、弓八幡2.8倍などとなります。これらの曲が現代で何故増加又は減少しているのかも興味があります。現代人ウケする曲とそうでない曲が見分けられるかも知れません。(注:藤栄は観世流非現行で演能実績調査対象外の曲となっています。)
次は江戸初期上位半数に入る51~75位の曲のグラフです。
上のグラフで現代の演能頻度増加の多い曲を挙げると、安達原51倍、杜若48、藤戸35、土蜘蛛43、通小町43、安宅33、敦盛31、鞍馬天狗34、羽衣129倍があります。現代で少ない曲は皇帝1.3倍、金札2.4、春栄2.5倍があります。
羽衣が現代で突出して多く演じられ、安達原・杜若・土蜘蛛が多いこと、逆に皇帝や金札が少ないなどから、なんとなく現代でよく演じられる曲と、縁遠い曲の主題や雰囲気などの分別が分かってくる気がします。
ただし、観客に分かり易く劇的な展開の曲が「能」として素晴らしい演目なのかは別の判断が必要です。歌舞伎を観たい訳ではないのですから…。退屈とされる曲でも、しみじみと胸に迫る名曲のあることを強調したところです。また、謡い物としての名曲もありますので、演能頻度だけで曲目の評価ができないことも含んでおきたいところです。
次回は、2024.5/5に第6部-7「江戸初期下位曲と現代の曲別演能頻度」を掲載する予定です。
引き続き第6部をご覧になる場合は「謡曲の統計6」から進んでください。