その他 第8部-10 グラフで見る江戸勧進能2/2
2025-09-28
前節に続いて江戸時代の勧進能で番組が把握できた20件をグラフで見てみます。
下図は「翁」についてのグラフです。「翁」は朝一番に演じられていますが、毎日のことではなかったようです。番組でも確認できますが、6日間興行の場合ならば最初の3日間には「翁」がありますが、後半の3日間には「翁」のない番組が目立ちます。グラフは全体の興行日数の中で「翁」が演じられた日数の割合を示したものです。
江戸初期では「翁」から始まるのが普通でしたが、例外的に「翁」なしの日があり、9割ほどになっていました。中・後期では「翁」のある日は半分になっています。全日程の前半では「翁」が演じられましたが、後半では「翁」のない場合が多くなりました(例外的に後半に「翁」を演ずる場合もありました)。末期では少し増えましたが、江戸通期では3日のうち2日の割合で「翁」が演じられていました。
次のグラフは番組の曲目を、習い物曲とその他の一般曲の構成で示したものです。但し「翁」は全体番数からも、習い物の番数からも除いてあります。また、習い物曲は現行観世流での分類によっています(他流でも大切にされている曲となっています)。
「翁」を除く習い物曲の割合は、初期で11%、中・後期で14%でしたが、末期になって17%に増加しています。江戸初期においては特に習い物曲の制度はなかったようですが、中期の15世観世元章(1722~1774)の時に稽古順などを定めて習い物曲の設定がされたようです。観世流では一部に出入りもありますが現在もほぼそれに準拠しているようです。習い物曲には芸術性の高い名曲が揃っており、他流でも殆どが大切に扱われる曲になっています。江戸末期で習い物曲の演能割合が増加したのは、勧進能の多くの観客を意識して名曲の人気曲を度々演ずるようになった結果と思われます。
なお、現行観世流の習い物曲には準九番・九番習・重習があり、合わせて36曲となっています。江戸期での演能総曲数228(第6部-23参照)に対しては、15.8%となります。これと比べれば、江戸初期から後期は特に習い物曲を多く演じたとは言えず、末期でやや多くなったと言える状況になっています。
次に、大夫がシテを演じた割合をグラフで見てみます。一般曲・「翁」・習い物曲の3種について、それぞれ大夫がシテを演じた割合を示します。但し、演者不詳の1628・1630・1782年の勧進能3件については、このグラフから除いています。また、大夫は各流宗家に限定せず、その勧進能の中心者を大夫として数えています。(1688の丹波猿楽の日吉頼母、1830・1836・1839・1847・1851の金剛流の野村三次郎、1836の観世流の片山九郎衛門、1836の宝生流の大野時太郎を大夫として数えました。)
このグラフで顕著なことは、習い物曲を大夫が演ずる割合が70~81%を占め、その他の曲に比べて非常に多いことです。勧進能を行う場合に、花形役者の大夫が舞う名曲・名作を看板にするのは当然なことと思われます。逆に「翁」は大夫独占になっていると思われましたが、グラフからは初期を除けば一般曲より少し多い程度になっています。「翁」が頻繁に演じられた江戸時代と現在では、「翁」に対する認識が大きく違っているようです。
次回は2025.10/15に第8部-11「江戸時代勧進能での曲別演能状況」を掲載する予定です。
引き続き第8部をご覧になる場合は「謡曲の統計8」から進んでください。