その他 第9部-6 室町・織豊期の演能データについて2
2026-01-05
前節に続き、織豊期の演者構成を示します。

織豊期の演者構成は、前節の室町後期から一変しています。大和系四座はグラフでその他扱いとした宝生の6回を合わせても半減して14%強に留まります。
最大を占める下間少進については、第9部-4で紹介したとおりで、グラフでは少数ですがその一族などの演能数も含めており、本願寺を中心に大活躍しています。春日は、前節で説明した春一のことで、能之留帳による記録で下間少進との共演が61回もあり、本願寺や下間宅での演能が多くなっています。織豊期は両者に金春大夫を含めると金春流が56%を占め、記録の偏在(後記参照)を考慮しても金春流が圧倒的な勢力を占めていたことが伺えます。
中納言の内訳は、中納言(大阪備前中納言=戦国大名の宇喜多秀家と思われます)12回、中納言子3,丹波中納言2,大和中納言1回で詳細不明です。丹波中納言は秀吉の姉の子で秀次の弟の秀勝、大和中納言は秀吉の姉の子で秀長の婿養子の秀保、とそれぞれ思われます。
○○守は、下野守(秀次に仕えた日比野と思われます)10回、紀伊守(秀吉の従兄弟の青木一矩と思われます)5、京丹後守1,津島守1回で、それぞれ武将が演能したと思われます。
関白は、ここでは秀吉の甥の秀次を指しているようです。秀吉は太閤と記されて5回と数えられその他に入れてあります。関白秀次は第5部-14で紹介した「謡抄」編纂を命じ、自らもよく演能したようです。単に秀次と記された8回はその他に入れてあります。
虎屋は、元は手猿楽で天文17年(1548)に記録が見られます。京の呉服商から初世の立巴(隆巴とも)は観世7世宗節(1509~1583)に師事し、禁裏や公家邸で演能し、大和郡山では勧進能も催して、能之留帳での記録が多く見られます。継承した長門(弥兵衛)は慶長7年1602頃から鹿児島島津藩に仕え、本姓を小幡から中西と改め、江戸末期には金春流に属しています。手猿楽の堀池とは親戚です。
その他は、秀次8回・宝生6・太閤(秀吉)5・日吉4・梅若3・家康1などで、家康本人の演能も確認できます。
織豊期の演能記録参照元は194件も行事があるのに12種類しかありません。下間少進著の能之留帳が134件・69%を占め、これに次ぐのは多聞院日記(前出)と毛利輝元上洛日記(1588)の各12件(各6%)で、あとは駒井日記(1593~1595)等の各9件以下で、合わせても19%未満となっています。言わば金春流のオンパレードのようです。
ここまで能楽源流考の演能記録状況を見てきましたが、曲別演能回数を把握するには更なる検討が必要のようです。室町初期=世阿弥活躍期の記録を補強することと、室町初期のデータ補充が必要なようです。
改めて資料等を求めましたが、600年以上前の記録をまとめて入手することはできませんでした。この際、室町初期の演能回数把握は諦めて、①能楽源流考の記述と②表章論文から演能が確実とされた曲を「◎・○」印で一覧表に示すこととします。記号の使い分けは後で記します。
先ず、①と②の記述を比較しておきます。全体の曲数は現行曲に限ると翁を含めて93曲になります。このうち双方に載っているのが6割強の57曲あり、②のみが33%の31曲、①のみが5曲となっています。5曲の内訳は、女郎花・羽衣・鍾馗・松浦佐用姫・二人静です。②表章論文は最近までの研究成果を反映したものであり、その88曲で充分とは思われますが、貴重なデータなので①だけの5曲も取り入れることとします。
但し、この中には曲名に疑問のある2曲を含めています。①能楽源流考では【犬玉道阿弥(第8部-1参)の演じた曲としては申楽談義に「…天女の能…」等が記されて居り、これ等の曲が犬王道阿弥の歿した応永二十年(1413)までに演ぜられた事は明かである。一部抜粋】とあり、これを「羽衣」の曲と解しました。同様に【五音によると、以上あげた以外の曲としては「…松浦…」等の曲名が見える。これ等の曲は大凡永享年中(1429~1441)迄には演能せられてゐるものと考えて良いであらう。】とあり、これを「松浦佐用姫」と解しました。これは世阿弥作で2000年に観世流で正式採用された曲です。
室町初期データの最後に補足しておきます。表章論文に世阿弥時代の記録に見える曲で、散佚曲とされた中には「念仏の能」が見られます。これは現行曲では「百万」か「誓願寺」と思われます。百万は世阿弥時代からの継続曲に入っていますので、「誓願寺」を追加することとします。
以上から室町初期は演能回数ではなく上演の有無を記号で表すことになります。◎は表章論文で世阿弥時代からの継続上演の66曲(翁を含む)、○は世阿弥時代の記録に見える演目が一時の中断を経て再興された準継続の22曲(大般若と伏見の非現行曲を除いた)に、先の源流考から追加した5曲、及び最後に追加した誓願寺を入れて計28曲とします。これで、世阿期の上演曲は合わせて94曲となりました。(但し、松浦佐用姫は他の時代での演能記録が確認できないので、最終的な一覧表からは外すことになります。除外基準は後述します。以下、同様な理由で本節以前の曲数は最終的な一覧表とは僅かですが合わない部分が生じます。)
次に、室町中期の曲別演能回数が問題です。表章論文「能の変貌――演目の変貌を通して」(1990法政大学学術機関リポジトリ)から、あらためて「4.室町中期の状況」を紹介します。そこでは、B表として享徳元年1452~享禄4年1531の曲別演能回数が示されています。まさにグラフで演能記録が非常に少ない期間に該当しています。
その内容は、室町初期=世阿弥期で演能された曲に含まれる65曲・157回と、世阿弥期に演じられなかった曲89曲・153回(双方とも非現行曲を含む)となっています。
このデータを活用することとしますが、同期間については能楽源流考でも記述されていますので、その整合性の確認が必要となります。
現行曲について比較すると、大半の曲で回数は一致していますが、源流考より演能回数の多い曲が44曲・延回数で59番(回)の増加となり、源流考にあって表章論文にないものに13曲21回分があります。この違いについては、増加分は表章氏の研究・探求によるものと思われ、減少分は、敢えて確認して削除したのかまでは分かりません。ブログ子としては極めて少ないデータなので合算したい気にもなりますが、正確を期すこととして、源流考の回数に表氏の増加分は加算し、減少分は削除する積極的な理由も見当たらないことからそのまま採用することとします。
以上による増加分の内訳は次の通りです。
4回増加1曲:放下僧。
2回増加12曲:采女・源氏供養・実盛・猩々・誓願寺・善界・当麻・長柄・錦木・白楽天・百万・三井寺。
1回増加31曲:藍染川・葵上・芦刈・海士・姨捨・杜若・柏崎・春日龍神・通小町・鞍馬天狗・恋重荷・志賀・自然居士・鍾馗・代主・蝉丸・卒塔婆小町・泰山府君・檀風・天鼓・道成寺・融・朝長・鵺・二人静・船橋・松山鏡・御裳濯・三輪・吉野静・籠太鼓
以上で、室町・織豊時代のデータはほぼ揃いましたが、第5部-9で示した室町期の勧進能5種についてのデータがどうなっているか確認すると、2番目の文明10年1478誓願寺観世大夫勧進能の2・3日目分のデータが能楽源流考で欠けていることが分かりました。その現行曲の曲名は次の14曲です。
姨捨・通小町・邯鄲・誓願寺・蝉丸・卒塔婆小町・当麻・壇風・朝長・白楽天・松山鏡・三井寺・熊野・吉野静
但し、14曲が表章論文による追加分と重複していないかを確認すると全曲が載せてあり、重複の可能性が大きいと思われます。従って、勧進能によるデータ追加は不要と判断できます。(多くの観客を集めた勧進能の曲は重みを付けて扱いたいところですが、恣意的になることを避けて純粋な演能回数データにすることとしました。)
ここまでで室町・織豊時代のデータの整理が出来ました。そこで、第9部-3で能楽源流考のデータとして掲げた室町・織豊期演能記録を、現行曲に限定し、表章論文による増加を反映させて再掲しておきます。なお、表章論文では行事件数(日数)が分かりませんので、曲数と番数の比較表となっています。また、翁と非現行曲は除外してあります。

年間平均演能番数では、後期は中期の10倍、織豊期はさらに1.8倍の頻度となっており、演能の増加だけではなく能之留帳記録の影響が多大となっているようです。また、1曲当りの演能番数は、時代が下るごとに多くなり、限られた曲を何度も演能するようになったことが分かります。特に織豊期では演能された曲目数が減少しており、同じ曲が繰り返し演じられるようになったことを示しています。完成度の高い名曲に絞られたとも思われますが、下間少進の好みが影響したことも考えられます。
次に参考までに、非現行曲の推移を見ておきます。源流考データの第9部-3表と比較し、番数の減少を非現行曲によるものと見なせば、次の表を得ることが出来ます。但し、中期の現行曲番数は、上表の259番から、59番を引いた数にしています。上表は源流考の番数に表章論文による増加分を加えたものだからです。
現行曲と非現行曲を区別して得たデータではなく、間接的に求めた数値からの表ですが、室町中期には非現行曲が3割近くも演じられ、室町後期にはほぼ半減し、織豊期には2%となっています。曲目の自然淘汰で名曲が厳選されてきたものと思われます。また、前節の手猿楽の説明のように、中期から手猿楽が盛んとなって様々に演能されたことも影響しているようです。
以上で室町・織豊時代の演能回数データの整理が出来ましたので、次回は、2026.1/31に第9部-7「江戸・明治の演能データ」を掲載する予定です。
引き続き第9部をご覧になる場合は「謡曲の統計9」から進んでください。