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その他 第9部-9 昭和・平成期の演能データなど

2026-03-09

 明治時代までに続き、昭和・平成の演能データ整理に進めます。
 現代の曲別演能データは、これまで戦後60年間の回数として展開してきましたが、今後は70年間データを用いることとします。
 これは神戸大学謡曲愛好家広場(謡曲愛好家 謡曲ファン 神戸大学/投稿 資料 能楽統計)を参照して得たものです。経緯によれば、2011年までに大角征矢氏が1950~2009年の60年間をまとめ、その後2020年に久下昌男氏が2010~2019年の10年間を補充して公開したものとなっています。ほかからは得られない貴重なデータであり、ご両人の労苦に感謝申し上げます。
 集計調査対象が月刊「観世」誌記載の有料演能公演となっており、観世流非採用の曲が外れています。また、観世採用の曲でも、天皇即位祝賀の「大典」と、2000年に正式採用となった「三山・松浦佐用姫」が集計対象から外されています。(詳細はHPを参照して下さい。なお、山下氏の10年間補充の部分は、一部に観世誌記載以外も集計に入れているようです。)
 大角・久下両氏のデータは計70年間で81912回(曲別回数・番)という膨大なものになっています。昭和と平成に分けると、昭和期(1950昭和25~1989同64年)40年間で44468回、平成期(1990平成元年~2019同31年)30年間で37444回となります。(但し、元データでは、放生川について平成22年の3回・23年の1回・24年の1回の計5回が、曲別・年別等の合計値に加算されていないので、これを修正したことを断っておきます。81912回は修正済回数です。)
 観世流非採用の曲が集計されていないのは残念ですが、他にこれほど長期に集められた演能データは見当たりませんので、これを室町~現代の曲別演能回数一覧に取り入れることとします。(現行全248曲は第1部-1で異名同曲などを整理したもので、このうち観世非採用は37曲に過ぎず、上の調査曲は全体の85%以上を占めています。ほかの流儀だけで大切にされている曲もありますが、統計資料として公表されていないので、やむを得ない措置とご理解下さい。なお、室町~明治については、観世非採用の曲も一覧表に掲載します。
 
 ここまでで、室町~現代の曲別演能回数一覧を示す準備が整いました。ここで、表を掲載する前に、歴史的な時代区分と、一覧表で示す期間区分別の演能記録期間を対照できる図を示します。
 この図からD織豊期とE江戸初期の記録期間は17年間の重複が確認できます。E江戸初期とF江戸中後期に50年間ほどデータ空白の期間がありますが、将軍宣下祝賀能及び勧進能で把握したデータをE又はFに取り入れています。F江戸中後期からG明治期には20年間ほどのデータ空白期間があります。G明治期については、前後に番組による演能データを追加しているα部分があり、20年間として扱うこととします(詳細は9部-7参照)。明治末期から大正期(1912~1926)を含む昭和25年1950までの50年間ほど(α期間を差し引いた)のデータは欠けています。日清戦争1894から第二次世界大戦1945迄の戦争期間の演能状況は把握できませんでした。以上、室町~現代の627年間のうち、データ空白期間は126年間で全期間の20%となります。従って、演能記録期間は全期間の8割をカバーしており、比較表として充分に活用できると思われます。

 A~I・9期の演能記録はそれぞれに背景があり、詳細に検討する場合はそのことを理解しておく必要があります。既にそれぞれの項で説明してある部分もありますが、概略を記しておきます。

 A・室町初期:世阿弥活躍期ですが、曲別演能回数を把握できなかったので、表章論文で世阿弥時代からの継続上演曲(66曲)を◎、世阿弥時代の記録に見える演目が一時の中断を経て再興された準継続及び源流考等からの追加曲(28曲)を○で表示。
 B・室町中期:演能記録が非常に少ない期間で、本来の中期区分から、初めを24年早め、終わりを18年遅らせて広げた期間としています。
 C・室町後期:演能記録が激増した末期の期間になります。
 D・織豊期:金春流の下間少進の遺した自身の演能記録である「能之留帳」が多くを占めています。
 E・江戸初期:織豊後期の秀吉影響下の13年間を含み、初代家康・2代秀忠・3家光と4代家綱前期までが主たるデータ(4760番)で、将軍宣下祝賀能として5代綱吉1681~8代吉宗の(136番)、及び、1646~1702の勧進能(109番)を加えて5005番にしています。
 F・江戸中後期:8代吉宗期(最初の5年間ほどを除く約25年間)~13代家定期と14代家茂前半期までの記録(6037番)に、1750以降の勧進能741番を加えて、6778番としています。(他の期間で記録のない「水無瀬」を除くと6777番になります。)
 G・明治:明治(1868~1912)中期のM15~30が主たるデータ(1163番)で、初期(M5~15)の46番と、後期(M31~45)の208番、及び、大正(1912~1926)初期T2~6(25番)を加えて1442番としています。
 H・昭和:昭和初期を除くS25~64(1950~1989)の40年間で44468番。
 I・平成:平成末年のH1~30(1990~2019)の30年間(令和元年2019の5~12月を含む)で37444番。

 次に、各期間の演能曲目数と合計演能番数をまとめて示しておきます。但し、予め次の点にご留意ください。
・演能記録の始期と終期は、その期間における行事記録の最初と最後の演能日ですが、旧暦をグレゴリオ暦に換算して表示してあります。
 ・期間の年数は小数点以下1位に丸めて表示しました。
・演能回(番)数は、半能・祝言キリ能などの区別なくそれぞれ1回としました。
明治の記録期間は明治15~30年の15年間に記録が集中しており、一部は大正期にも及んでいるため表中の計算では、20年としました。
 ・昭和と平成の曲数は観世誌記載の有料公演のみで観世非採用の曲が対象外となっています。
 江戸時代の曲数について補足しておきます。将軍宣下祝賀能または勧進能でのデータ追加による曲数増の内訳です。第6部では初期演能曲数を163曲としてきましたが烏帽子折・誓願寺・半蔀・放生川が増えて、167曲となっています。また、中後期では226曲に菊慈童・現在七面・鵺を追加して、229曲となっています。増加した理由は将軍宣下祝賀能及び勧進能の追加によるものです。

 表から読み取れることも多くありますが、次節でグラフで示すこととします。次節・第9部-10「室町~現代演能状況の推移」は2026.3/9に掲載しました。

引き続き第9部をご覧になる場合は「謡曲の統計9」から進んでください。

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