その他 第10部-1 室町~現代の曲別演能記録分析
2026-08-20
第9部では第8部までに記した調査の演能記録から、室町~平成の628年間で曲名の分かる演能記録を整理し、515.6年間・全237曲(現行全248曲中、演能記録が1回以下の11曲を除く)・全体で97814回(番)の曲別の演能回数・演能頻度・時代別順位の一覧表を載せました。
時代区分は室町初期・中期・後期、織豊、江戸初期・後半期、明治、昭和、平成の9期としており、第9部-9にその詳細を示しました。
第10部ではこの貴重で豊富なデータから得られる興味深い事項をグラフ等で見ていくこととします。
始めに、600年とも500年とも言える長い歴史の記録で証明された超エリート曲を紹介します。(アメリカの建国以来の歴史の2倍をゆうに超える期間に当たります。)
次の表は室町~平成の全9期において、演能回数順位で23位以内に4期以上該当の曲を抽出したものです。数字は各期の順位を示し、順位のゴシックと緑色は23位以内に該当していることを強調したものです。右端の「*期」はその期数です。(曲名のゴシックは習い物曲です。)

上表からは、23位以内に4期以上入った曲が23曲あり、現行5流の全てで採用されており、歴史で証明された超エリート曲と評価できます。これは現行全248曲の約1割に当たります。
表中で特に5期以上該当の13曲=翁・猩々・舟弁慶・高砂・松風・熊野・羽衣・三輪・葵上・融・百万・屋島・山姥は、どの時代でも頻繁に演じられた曲であることが読みとれます。100位以下が、葵上の室町後期の125位と、百万の江戸後半期の104位だけです。
これに続いて4期に該当は、杜若・道成寺・井筒・隅田川・田村、自然居士・江口・実盛・弓八幡・呉服の10曲となっています。田村までの5曲は、室町~平成の全てで比較的に上位を占めています。例外は江戸後半期で隅田川が100位を大きく下回っているだけです。残る5曲は、江戸以前と比べると近現代で少し順位を落としています。特に弓八幡は昭和・平成で、呉服は明治~平成で100位を大きく下回っています。
参)各期で23位を境界としたのは、各時代の1割強が特に上位を占めて頻繁に演能された曲であると評価したものです。また、現行248曲の1割弱に相当します。但し、室町中期については23位で同じ演能回数で並ぶ曲が3曲あるため22位までとしました。また、室町初期については回数が不明のため、他の期で演能のある曲について、記録の有無で分別しています。(室町後期~平成については23位以上と24位以下で演能回数が不連続となっており原則通りに分別しました。)
次に、上表から時代を超えて特に多く上位を占め続けたトップ7曲の、時代別の順位変動をグラフで示すと次の通りです。(上表で23位以内が6期以上の7曲です。)
歴史に裏付けされた極め付きのサラブレッド曲と言える7曲となります。(グラフ凡例の曲名後数字が23位以内の期数を示しています。)

グラフで示したトップ7曲について概要を記しておきます。
①8期該当:翁(謡曲では神歌) 室町から江戸時代まで不動の1位を占め、明治で4位、昭和で15位、平成で10位を保っています。(織豊期は例外扱いされて回数不明となっていますがグラフでは1位としており、9期で該当しているとも言えます)
この翁は「能にして能にあらず」とされ、天下泰平・国土安穏と五穀豊穣や長寿を祈る曲です。神事の祈祷儀式のように厳粛に演じられ、最高に目出度いご祝儀曲となっています。一番古い記録が鎌倉時代後期の弘安6年1283の春日若宮臨時祭記に見られ、演出形態を整えながら伝存してきました。令和の現在も新年や能楽堂開場記念など特別な行事で演じられています。江戸時代では将軍宣下祝賀能など1日の演能の最初の曲として当然に演じられ、断然演能回数記録1位となっています。
②翁と同じ8期該当:猩々 お酒好きの妖精が目出度く舞う5番目曲(1日の演能の最後に演じられる曲目)で、室町初期の記録がないだけで、他の8期の全てで13位以内となっている特別なエリート曲です。織豊と平成の13位を除くと常に7位以内を保ち、江戸・明治などでは2位か3位を占めています。親孝行と正直が富貴をもたらすモラルを説き、白楽天の詩句を引用するなどで人気があり、さらに演能時間の手頃さもあって演目として採用されやすい要素もあるようです。
猩々は、作者不詳、1427年以前成立。
③7期該当:船弁慶 室町初期・中期で記録がないだけで、記録のある他の7期全てで17位以内となっています。江戸初期で4位となり、明治で5位、昭和・平成で3位を占めています。「義経記」や「平家物語」でお馴染みの義経と弁慶や静御前に平知盛も登場し、前段で静が別れを惜しむ優美な舞、後段で弁慶と知盛の戦いが演じられ、劇的な展開から人気があり、初心者にも分かりやすい曲になっています。また、荒れ狂う嵐の海上での戦いを演出する囃子の激しい演奏も魅力です。祝言や初番又は5番など慣例によって選曲される曲ではないことから、歴史で裏打ちされた真のエリート人気曲と言えるでしょう。
船弁慶は、世阿弥の甥・観世信光作、1516年以前成立。
④同じく7期該当:高砂 室町初期にも記録され、室町中期から江戸後半期まで4位以内を保ち、明治・昭和で31・30位、平成で16位となっています。世阿弥作の最高の祝言曲であり、翁に続けて同じシテが演ずる脇能(初番)の代表曲です。和歌と松を称え、夫婦和合と長寿に天下泰平を祝い、神の登場を待つ「高砂やこの浦船に…」のフレーズは結婚式で謡われて余りにも有名です。目出度い宴席では「四海波静かにて…」もよく謡われています。
徳川幕府の正月3日の新年謡初めでは、観世大夫の「四海波…」の謡いから始まり、続いて居囃子の3番(観世の老松、金春・宝生・金剛輪番の東北、喜多の高砂)が謡われ、最後に3人の大夫が相舞で競う翁の異形演出「弓矢立会」で締めくくられていました。
高砂は、世阿弥作・1423年以前成立で、室町幕府第3代将軍・足利義満による、半世紀に及んだ南北朝廷の対立解消を踏まえて、当代を賛美する曲となっています。
⑤同じく7期該当:松風 23位以内から外れたのが室町後期の27位と江戸後半期の36位だけで、室町中期には7位、昭和で16位、平成で21位と、現代も「熊野・松風に米の飯」、「春の熊野・秋の松風」と言われる人気の名曲となっています。海女の姉妹が秋の夜に汐を汲み、月の写った桶を運ぶ風情を描き、懐かしい人の形見の衣装を着ては、抑えきれない恋慕の情を狂おしく舞って見せます。源氏物語の美しい須磨の浦を舞台とした悲恋を想起させます。
松風は、喜阿弥の田楽「汐汲」活用・観阿弥原作・世阿弥改作、1423年以前成立。
⑥6期該当:熊野 室町中期で41位・平成で26位となっていますが、織豊で2位など他の期では20位以内を占める人気曲となっています。桜花爛漫の都を舞台に、老母の病が心配な熊野は「今年だけの花見の友」として同伴させられ、貴公子の前で舞を舞い「いかにせん都の春も惜しけれど、馴れし東の花や散るらん」と詠んで帰郷を許されます。心情描写が巧みでゆったりとしたリズムが心地よい曲です。作家クローデルが「能とは死ぬほど退屈」と評した曲とされています。「熊野・松風に米の飯」などの名言は上の⑤松風を参照ください。
熊野は、世阿弥の娘婿・金春禅竹作と思われ、1456年以前成立。
⑦同じく6期該当:羽衣 室町初期にも演じられ、江戸初期こそ66位だが、室町後期で14位、江戸後半期で8位などと上位を占め、昭和と平成で断然1位となっています。春の三保の松原を舞台に、天女が月世界の舞を舞い、天下泰平の御代を祝います。富士山を望む駿河湾を背景に、明るく清純で気品ある舞が魅力です。
羽衣は、作者不詳、1524年以前成立。
ここまでで、歴史に裏付けされたトップ7曲を紹介しました。
表からは、ほかにも読み取れることが多くあり、その時代背景等に目を向けると興味深い事象が現れるかも知れません。例えば、何故に葵上は室町中期だけ、百万と隅田川は江戸中後期だけ、100位以下に順位を落としているのか、などなどです。
また、昭和と平成を比べるだけでも興味深いことがありますが、今後の楽しみとします。
参)期別順位はそれぞれ120~230曲の中で、50位以内は良く演じられ、100位以下は他と比べてやや少ないと評価できます。
次に、室町~平成の全9期中で、23位以内が3~1期の曲を示すと次の通りです。

3期該当には安達原・小鍛冶・石橋・天鼓・清経の5曲、2期には鉄輪・土蜘蛛・半蔀の3曲、1期には殺生石・巻絹の2曲があり、この10曲は歴史に耐えた超エリート曲から外しましたが、平成だけで見ると全曲が23位以内に入っている現在の超人気曲となっています。
この10曲は、大部分が室町~江戸では上位23曲に入らない曲となっています。つまり、昔より現代で良く演能される曲と言えます。但し、例外として、天鼓の江戸初期21位、石橋の江戸後半期12位があり、それぞれ平成と同じように頻繁に演能された時代がありました。
次回は、2026.9/15に第10部-2「室町~平成の曲別演能回数評価」を掲載する予定です。
引き続き第10部をご覧になる場合は「謡曲の統計10」から進んでください。第9部へ戻る場合は「謡曲の統計9」へ進んで下さい。