その他 第10部-2 時代別曲別演能回数と評価法
2026-09-11
前節では時代ごとに、23位以内となった期数の多さからエリート曲を示しましたが、ここからは、時代毎の曲別演能記録回数に応じて、他の時代と比較可能な評価法を探ることとします。
先ずは、時代別の曲別演能回数状況を見てみます。
始めに、9期の演能回数上位10曲の時代別演能回数の一覧を示します。但し、室町初期は演能回数が分かりませんので省略し、翁は除いてあります。ゴシックは習い物曲です。

表からは、室町中期の102年間の演能記録回数1位は高砂で7回だったということが分かります。同様に平成の30年間では1位が羽衣で1146回の演能でした。また、江戸時代以降の曲別演能回数を見ると、1位は10位のほぼ2倍弱となっています。
多くの時代(期)でトップ10に入った曲もあれば、1回だけの曲もあります。
全8期中でトップ10入りの回数が一番多いのは5回で、高砂・猩々の2曲です。しかし、高砂は明治以降の3期で10位以内に入っていません。一方、猩々は室町中地と江戸初期で2位、中後期で1位、明治で3位、昭和で4位と上位を占めています。(第9部のデータから高砂は明治で30位、昭和で29位、平成で15位となっています。同じく猩々は平成で12位。)
続く4回は船弁慶のみで、江戸初期と明治以降の3期でトップ10入りしています。
3回は、自然居士・杜若・熊野・葵上・道成寺・羽衣・小鍛冶の7曲となっており、特に、杜若・葵上・羽衣・小鍛冶の4曲は昭和と平成の2期で10位以内となっています。(表ではここまでの10曲を緑色で強調していました。)
2回は、明治以前までで屋島・老松・呉服・松風・賀茂・田村・土蜘蛛の7曲があり、江戸中後期と平成で10位以内となった融があり、昭和と平成で10位以内の安達原・清経・天鼓の3曲があり、合わせて11曲となっています。
トップ10入りが1回だけは、室町中期の実盛、同後期の善界・難波・誓願寺の3曲、織豊期の源氏供養・山姥、江戸初期の三輪、同中後期の箙・忠度、明治期の鉢木・望月・石橋・安宅の4曲で、合わせて13曲です。なお、昭和または平成だけで10位以内となった曲はありません。
ちなみに、前節で掲げた23位以内が6期以上の超エリート7曲は、全て上表に含まれており、いずれかの時代で5位以内に入っていました。これに続く5期だった6曲も百万を除けば上表に入っています。(再掲:超エリート7曲=翁・猩々・舟弁慶・高砂・松風・熊野・羽衣。23位以内5期の6曲=三輪・葵上・融・百万・屋島・山姥)
明治期を見ると、ベスト10に習い物曲が5曲も入り、このうち道成寺を除く4曲は明治期だけで10位以内となっています。江戸時代以前で名曲とされてきた曲を大切にした形跡を感じます。逆に昭和・平成ではベスト10に高砂も習い物曲も入っておらず、昔からの慣習や惰性と区切りを付けたようで、時代の変化が表れているようです。標準だった5番立ての演能が、特殊な行事になった変化に大きな原因があると思われます。翁、翁付き脇能、2・3・4番目曲、最後にキリ能という番組が消えれば、曲目の選択に大きな変化をもたらすのは当然です。
次に、時代別の曲別演能回数の状況をグラフで示します。
始めに室町中期(1429~1531:102年間)のグラフです。5位までの曲名を記入しましたが、他の曲は回数別の曲数でクラス分けしてグラフ化したものです。

室町中期の総演能記録回数は翁を除くと102年間で僅か258回(番)でした。曲別では、7~5回が高砂・杜若、屋島、自然居士・実盛の5曲で、4回演能が16曲、3回が18曲と続き、2回が31曲で、1回だけが48曲もあります。下位に多くの曲が集中していることが分かります。
各時代の演能記録回数の上位5曲程度について要略を示しておきます。
①高砂:第10部-1の④を参照下さい。平成の30年間で496回演能=16位。
②杜若:花の精が登場する3番目曲で、伊勢物語とその注釈書「伊勢」を資材とし、中世の歌物語を明るく華やかな一場の夢幻能にしています。シテの杜若の精は、三河の八橋で詠まれた「唐衣着つつ馴れにし妻しあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」の歌などを語り、二条ノ后キサキ(清和天皇の女御・高子)の御衣ギョイを着、さらに在原業平ナリヒラの冠を付け、それぞれの想いを語って舞います。業平を歌舞の菩薩と言い、草木国土悉皆成仏の通り成仏できたと言って姿を消します。シテには3者の心情を重ねて演ずる難しさがあります。
杜若は1464年以前成立で、禅竹作かと思われます。平成の30年間で628回演能=6位。
③屋島:複式夢幻能の完成形で、箙・田村と並ぶ勝修羅能の一つです。主人公の義経ヨシツネを、死亡から200年以上も後の舞台で修羅道に落ちた武将として登場させ、屋島での錏シコロ引き(景清と三保谷ミオノヤの一騎討)の豪勇譚や、弓流し(海に落とした小さく弱い弓を敵前で取り戻したのは名を惜しんだため)などが語られます。終曲部では、壇ノ浦の舟戦フナイクサを、修羅道で苦悩する姿で見せますが、夜明けを迎えて僧の夢が覚めると鬨トキの声と聞こえたのは浦風でした。狂言方の小書コガキ「那須与一語カタリ」では、船上の扇の的を射抜く気迫のこもった一人芝居が展開します。江戸時代の第8代将軍吉宗期では断然1位の演能回数を記録しています。
屋島は世阿弥作で1430年以前成立。平成の30年間で380回演能=28位。
④自然居士ジネンコジ:4番目物・花月・東岸居士と並ぶ喝食カッシキ物芸尽くしの一つ(喝食とは禅寺の食事担当の小僧)。自然居士が人買いとの交渉で簓ササラや鞨鼓カッコなど様々な芸を見せて少女を助け出す筋で、随所に正義を貫く禅僧の道が説かれています。命を掛けた禅問答のような緊迫したやりとりに惹き付けられます。芸尽くしの曲としては、ほかに直面ヒタメンの放下僧と藤栄があります。
自然居士は1422年以前成立で、観阿弥原作世阿弥改作(または古作を観阿弥改作か)。平成の30年間で240回演能=57位。
⑤実盛:平家物語を資材とした老武者の心意気を演ずる2番目(修羅物)曲。60才を過ぎた平家の侍サムライ斎藤別当実盛は、故郷の北国へ出陣し、加賀国篠原シノハラで、木曽義仲配下の手塚太郎に討たれました。舞台はその200年後、遊行ユギョウ上人ショウニンの念仏の場に実盛が亡霊となって現れ、大将が着る錦の直垂ヒタタレを賜ったことや、老武者と侮アナドられないように白髪を黒く染めていたことなどを懺悔ザンゲして語ります。老武者の心ばかりが逸ハヤる演技が難しく、習い物曲となっています。また、老体の修羅物に頼政があり、朝長と合わせて三修羅と呼ばれています。
実盛は1414年頃成立・世阿弥作。平成の30年間で141回演能=95位。
次は、室町後期(1532~1572:40.4年間)の曲別演能回数グラフです。2回刻みにグループ分けしてそれぞれに該当する曲数を棒グラフにしてあります。上位13曲の曲名を入れました。

上位曲は回数が連続せず途切れ途切れとなり、下位になるほど一つの回数グループに多くの曲が入っています。全体で1000回を超えるデータの分布ですが、いわゆる山形で左右対称の正規分布とは全く別物の形になっています。
35~36回が高砂、次のグループは該当曲なしで31~32回が猩々、また1グループ飛んで27~28回で呉服クレハ、更に1グループ飛んで23~24回で老松と善界ゼガイの2曲となっています。ここまでが5位以内になります。最下位の1~2回グループに48曲も該当しています。その上の3~4回は27曲で4割以上も減少しています。
①高砂:前出。
②猩々:第10部-1の②を参照下さい。平成の30年間で521回演能=13位。
③呉服:初番目の翁付き脇能の曲ですが、キリ能(1日の演能の最後に演じる能)として、半能の祝言呉服が圧倒的に多く演じられました。中国から機織ハタオリ技術を伝えた二人の機織女が、治まる当代を賛美して舞い、大君に織り上げた御衣ギョイを献上します。また、和歌を織物に喩タトえてその隆盛を御代の繁栄として祝っています。
呉服は1429年以前成立の世阿弥作か。平成の30年間で12回演能=188位。
④老松:目出度い初番目曲。都の者が九州の太宰府天満宮に参詣すると、老翁が境内の梅と松の木へと案内し、梅花の盛りは文学の隆盛を表すことから紅梅殿と尊称し、松は葉を広げて始皇帝を雨から守った徳により大夫の位を与えられ、どちらも神木として崇められていることなどを語ります。やがて老松ノ神が現れて舞を舞い、君に松竹鶴亀のような長寿を授けるので、国の行く末を守りなさいと、天神の神託を告げて、久しき春を寿コトホぎます。江戸時代には毎年正月3日の謡初ウタイゾメで最初に観世大夫が謡う曲となっていました。
老松は1423以前成立の世阿弥作。平成の30年間で96回演能=111位。
⑤善界:今昔物語などを資材とした5番目曲(キリ能)。中国(大唐)の天狗の首領・善界坊が、神国日本の仏法を妨げるために飛来し、愛宕山の天狗・太郎坊に比叡山へ案内させます。一方、比叡山の僧正は勅によって宮中へ向かうと、善界坊が魔道へ引き込もうとします。僧正が祈ると、不動明王や山王権現などが現れ、神風を起こして国外へ退散させます。外国の天狗を日本の仏法が打ち負かす筋と、キビキビした運びが魅力となっています。
善界は1508年以前成立。竹田法印定盛作詞で作曲者は未詳。平成の30年間で217回演能=67位。
次節からは、以上に続く時代別グラフと上位5曲の要略を示しながら、時代を超えた演能回数の評価方法を探ることとします。
次回は2026.9/30に、第10部-3「織豊・江戸期の曲別演能回数分布グラフ等」を掲載する予定です。
引き続き第10部をご覧になる場合は「謡曲の統計10」から進んでください。