「能楽」5流の現行曲は何曲あるか
現行の「能」は、5流で約250曲といわれていますが、詳細に見ると曲数の集計は簡単ではありません。いくつかの資料で曲数を数えようとすると、異なる数値になります。その例をあげると次のようになっており、その資料と曲名数等を最初に示します。(朱字は資料略称)
①辞典:2012年刊「能楽大辞典」(小林責等著・筑摩書房)では、現行曲として「翁」を含めないで、観世210、宝生180、金春168、金剛206、喜多183曲で、計246曲を掲げています。他に喜多の参考20曲から他流で現行の11曲を引いた、喜多のみの現行9曲を加えて総数255曲となっています。
②協会:公益財団法人能楽協会のHP能楽辞典>曲目データベースでは、索引では約250曲と案内していますが、掲載している曲名数は253曲となっています。(翁など曲柄欄等が空白の曲もあるので、集計には注意が必要です。)
③平凡:1999刊「能・狂言辞典」(西野春雄等編・平凡社)では、廃曲や新作を含めて288曲を掲出。
④全書:Webコトバンク>現行曲「能一覧」(日本大百科全書)では、256曲。
⑤Wiki:Wikipedia>能の現行曲一覧では、218曲。
⑥ランド:Web能楽ランド>曲名一覧では、216曲。
この資料のうち、①辞典は明治期から100年間の表章氏などの能楽研究の成果を反映しており、②協会は現時点での当事者データであり、信頼性が高いものと評価されるが、次のような差異が見られます。 ①にあって②に載っていない曲:観世の松浦佐用姫、金剛の鈿女、碁、喜多の関原与一と喜多参考曲の愛宕空也、葛城天狗、要石、元服曽我、重盛、山姫、籠祇王の11曲。 ②にあって①の載っていない曲:喜多の実朝、鶴、秀衡、夢殿の4曲。
曲名を数えるときの障害は、曲名が違ったり、文字が違っていても内容の同じものがあるからです。観世の安達原は他流では黒塚としており、観世・金剛で賀茂としているのは宝生・金春・喜多では加茂としている、など、異名・異字でも同じ曲が多くあるのです。
また、主題が同じで内容が異なる場合もあります。観世の楠露・金剛の桜井駅・喜多参考の桜井は、同じ題材を扱っていながら曲名が違っています。詳細に見ればそれぞれ独自の曲で異曲なのですが、他の多くの普通の曲でも、流儀によって言い回しなどに差があり、厳密にこれらを異曲とすれば、一つの曲が5流ごとに別の曲として扱うこととなり、どこかで線引きせざるを得ません。
異名or異字で同曲を拾いだすと、29曲で62曲名を数えることができます。安達原や賀茂の例など、異論のない曲がほとんどですが、同曲としてよいか迷うものもあります。5流での共通採用状況などの検討を進める場合、例えば現行曲の何%が5流で共通に採用されているか、あるいは、作者の判明した曲の割合は何%か、などを示すためには全体の曲数の把握が欠かせません。
ここでは、批判を覚悟しながら統計処理上から同曲と見なす曲名を挙げておきます。流儀は略称とします。 1.観の菊慈童:他流の枕慈童(但し、別に観の枕慈童あり) 2.剛の京落葉:喜の陀羅尼落葉 3.喜の二人祇王:宝剛の祇王 4.観の楠露:剛の桜井駅・喜の桜井 5.春の奈良詣:他流の大仏供養 6.観喜の雷電:宝の来伝:剛の妻戸、の6曲14曲名。なお、観春の恋重荷と他流の綾鼓は異曲としました。異名/異字で同曲の関係の詳細は後記「補足」を参照して下さい。
次に、先の①~⑥資料には、二つ以下の資料だけに掲出されている曲など、稀曲・廃曲・新曲などが含まれており、これらを除いて統計作業に供することとして、以下にその除外43曲を50音順に掲げます。
阿古屋松、鈿女、空蝉、浦嶋、江嶋、奥の細道、要石、鐘巻、苅萱、勧進帳、切兼曾我、現在巴、碁、恋松原、護法、この花、実朝、重衡、重盛、青衣女人、大般若、鷹姫、湛海、丹後物狂、智恵子抄、千引、鶴、鉄門、鶏龍田、花軍、治親、光の素足、常陸帯、秀衡、豊干、伏見、復活、布留、舞車、遊行桜、弓矢立合、夢殿、横山
(①辞典からの除外は喜多参考曲の要石・重盛と、金剛の鈿女、碁の4曲。②協会からは喜多の実朝・鶴・秀衡・夢殿の4曲。)
以上の作業で整理すると、5流の現行曲は248曲となります。なお、能にして能にあらずとされる「翁・式三番・神歌」で1曲、「猩々・乱」で1曲として数えました。最初に5流の現行曲は、約250曲としていましたが、248曲となったのです。流儀別では、観211、宝181、春169、剛205、喜203曲となっています。以下、辞典等により社会に認知された曲として248曲を統計処理の対象とします。
観世の211曲は、昭和15年・1940年の大成版209曲(翁、蝉丸、求塚、大典を含む)に、平成12年・2000年正式採用の三山、松浦佐用姫を入れた形となります。
喜多の203曲には、喜多参考曲19曲が含まれており、内訳は次のとおりです。
A.喜多のみの参考曲:愛宕空也、葛城天狗、元服曽我、山姫、籠祇王の5曲。
B.他流で現行の曲:陀羅尼落葉、呉服、現在鵺、源太夫、桜井、白髭、谷行、壇風、東方朔、飛雲、放生川、仏原、御裳裾、輪蔵の14曲。
248曲から外れた曲の中には特定の流儀にとっては特別な曲があるかも知れません。逆に248曲の中には、10年に一度、演じられるかどうかという稀曲も入っています。この先は、検討する焦点に応じて加減する必要があるかも知れませんが、当面のスタートラインとします。






