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その他 「能楽」外縁観測 第2部-2 江戸期の人気曲を探る

2021-03-24

 昔の人気曲を直接に知ることは出来ません。当時の人々が楽しんで流行した「謡(うたい)」から、そのための「謡本(うたいほん)」所収曲の状況から、間接的に人気曲を推定することとします。
 室町末期までに作られた古作能(謡曲)の数は、1000曲を超えると言われています(1942年刊「謡曲全書」第3巻「「謡曲の廃曲」田中允)。ごく一部の100曲程度が選ばれて、室町から江戸初期に書写された謡本が多く伝存しています。
 「謡」を楽しむことは、室町末期の16世紀後半から、京都を中心に広まりました。これに伴って「謡本」の書写が始まり、安土桃山時代(1573~1603年)に入って急増しました。
 先ずは、謡本の変遷から見ることとします。

 そもそも、世阿弥が能を作ったときは「能の本」として書かれていました。発音を大切にしたためか、漢字が僅かしかなく、ほとんどがカタカナになっています。また、演出上のことや舞の型を示すような符号が随所に記されています。現在の「謡本」のようなゴマ譜は付いていません。
伝存する世阿弥直筆の能本は9曲あり、最古のものは財団法人観世文庫蔵となっている応永21年=1414年奥書の「難波梅(現行『難波』)」です。これは、日本最古の演劇台本でもあり、国の重要文化財に指定されています。

そして、謡曲を古典と見なして注釈を施した「謡抄(うたいのしょう)」が編纂されました。豊臣秀吉の甥・関白秀次が京都五山の長老や鳥養道晰(とりかいどうせつ)など当時の文化人を大動員して、謡曲本文の解説をさせたもので、安土桃山末期の1595(=文禄4)年に金春流謡本を底本に観世流をも参照して100余番が選述されました(完成は5年後とも)。江戸幕府が開かれる8年前のことです。これによって、カタカナ文に、漢字を当てる作業が進み、現在にまで大きな影響を与えることとなりました。

江戸(1603~1868年)初期には、謡本も書写から版行へと変わります。
印刷技術はドイツのグーテンベルグが1445年に活版印刷を確立したとされています。我が国では、約150年後の1590(=天正18)年にキリシタン大名がローマに送った天正遣欧使節の帰国に際し、イエズス協会が印刷機材を持ち込んだことから始まります。
それから10年たらずで、謡本の版行が始まりました。これら写本の謡本、謡抄、元和・寛永期の版行謡本は、当時の謡(うたい)の人気を反映しており、当時の人気曲バロメーターと見ることができます。以下に外縁観測で参照した写本及び刊本謡本等を時代順に挙げておきます。
なお、①~④の曲名は法政大学・野上記念能楽研究所・能楽資料デジタルアーカイブで検索。⑤⑥は2012年「能楽大辞典」筑摩書房:小林責・西哲夫・羽田昶著を参照しました。

①信光筆謡本:
1510年頃観世小次郎信光書写。100曲。信光は観世3世音阿弥の七男。

②謡抄
1595年成立。100曲。上記本文参照。アーカイブの古活字本「謡抄」守清本(1595=文禄4年刊行開始)全10巻の各表紙映像より100曲を読み取る。

③車屋本:
1600=慶長5年刊の金春流刊本。全21巻・109曲(非現行31曲。曲名重複1組除く)初めての版行謡本。謡抄編纂に関与した金春流皆伝格の鳥養道晰(車屋が屋号)関与。西国大名家に伝存。

④光悦謡本:
1609=慶長14年~1616=元和2年頃の観世流最初の版行謡本。111曲。特製・上製など数種類伝存。外縁観測では、特製本100曲(非現行1曲含む)、上製本106曲(非現行4曲含む)、色替り本42曲(全曲が特製・上製本に所収され、非現行1曲を含む)を参照しました。9世観世左近身愛(ただちか・黒雪斎暮閑とも)関与。いわゆる琳派美術品として秘蔵されてきました。

⑤内組謡本:
1620=元和6年刊の観世流謡本。内組100曲。内組は比較的ポピュラーな曲が選ばれている。観世大夫暮閑(=観世9世左近身愛)の奥書。観世流謡本の範となり、後に広く流布された1629=寛永6年刊の寛永卯月本の内百番も同曲構成となっている。

⑥外組謡本:
1657=明暦3年刊の野田弥兵衛本・観世流謡本・外組100曲。

 以上から昔の人気曲を把握することとして、現代の人気曲との比較が必要です。全然ちがう状況なのか、共通しているのかを見たいところです。

 外縁観測で見てきた現行全248曲は、多くの曲の中から8%ほどに厳選された曲となっています。(前出の田中充によれば、江戸期以降に2000曲以上が作られ、全部で3000曲をゆうに超える曲が作られたとされています。)
現行曲も流儀によっては、内組に位置付けられる100曲と、その他に分けることができます。しかし、この区分は江戸から戦前までのものであり、現在の人気を反映しているかに疑問があります。

 たまたま、ご奇特な方が居られて、福岡市在住の大角征矢が、1950=昭和25~2009=平成21年の60年間に及ぶ「曲別有料演能回数」(「観世」誌掲載番組から記録)をブログに公表していました。詳細は次回に示します。
 能舞台で能を鑑賞するほかに、「謡(うたい)」を楽しむこともありますから、演能回数が人気曲のバロメーターになるかは微妙ですが、他に適当な資料もないので、このデータを利用することとします。曲名は後で掲載します。

 昔との比較にあたっては、細別すると分かりにくくなりますから、現代の演能回数上位130位以内と131位以下に分けて行うこととします。上位130曲は全体の約半数であり、60年間で120回(毎年2回)以上の演能記録がある曲となります。
(演能回数データについては、別項で説明します。)
 
 グラフでは、先の①~⑥所収の曲が、現行248曲にどれだけ含まれているか、現代の人気130位以内の曲がどれほどあるかなどが見られるようにしました。
 少し分かりにくいグラフですが、少し数値を補足しながら説明します。
1. どの古謡本等の所収曲も、大部分が現行248曲に含まれています。
割合で示すと、信光写本は95%が現行曲となっています。謡抄は96%、金春流の車屋本は72%、光悦謡本は95%、元和の内組本は100%、明暦の外組本でも87%、となっています。(全体に非現行曲が非常に少ないことが分かります。非現行の曲名は後で示します。)
2. 所収曲の約7割以上が現代人気上位の曲となっています。
 約100曲所収の古謡本等で、その約7割以上の曲が、現代でも人気上位の曲となっています。予想はしていても、非常に高い割合です。但し、車屋本は金春流であり、外組は元々上位100番以外の曲を所収しているので、上位曲が40%台とやや少なくなっています。

 400年以上も昔の人々と、現代の人々の人気曲が、これほど同じというのはどういうことでしょう。人々の深層心理に大きな変化はなかったのでしょうか。何よりも神仏を尊び、今ならおよそ信じられない迷信がはびこった社会と、科学が発達して生活環境も激変した現在の合理主義を掲げる人々と、能への気持ちに何も変化はないのでしょうか。世阿弥が「風姿花伝・奥義」で述べた「暇令延年・寿福増長・衆人愛敬」(かれいえんねん・じゅふくぞうちょう・しゅじんあいぎょう。:能は、寿命を延ばし、福徳を増し、多くの人々に愛され親しまれる芸能)が、現代人にも受け入れられていると解釈すべきなのでしょうか。さらに、世阿弥が「秘すれば花」・「珍しきが花」として追及した、「幽玄の美」が時代を超えて評価されているのでしょうか。あるいは、千年先をも見据えた世阿弥の先見性が証明されているのでしょうか。興味深いことです。

 古謡本に見られる非現行の曲名を50音順で記しておきます。ゴシックは古謡本等の①~⑥間で重複している曲です。なお、⑤の元和内組本に非現行曲はありません。

信光筆謡本:5曲
朝顔 千寿(手)重衡 丹後物狂 常陸帯 矢立鴨(賀茂)

謡抄:4曲
朝顔 鵜(鶿)羽 千手兼平 矢立賀茂(鴨)
 
車屋本:31曲
朝顔 生贄 巌猩々 岡崎 隠岐物狂 刈萱 菅丞相 貴船 黒川  粉川 小林 狭衣 先帝 七夕 千引 露 鶴若 内府 鶏立田 祢覚 橋姫 花箭倉 濱川 舞車 松浦鏡 野干 吉野静 よしの よし野 よし野詣

光悦謡本:6曲
朝顔 鵜鶿羽 重衡 千手(寿)重衡 丹後物狂 反魂香

⑥明暦外組本:13曲
朝顔 生贄 刀 鐘引  護法 正儀世守 大般若 鶏竜田 治親 常陸帯 舞車 呂后


 ついでなので、世阿弥伝書や室町期の演能番組等の記録で見られる、非現行の曲名も紹介しておきます。(田中允はこれまでに作られた謡曲は、ゆうに3000番は作られたとして、そのうちの2250番の曲名を掲出しています。)

 外縁観測で室町期の記録として、非現行曲の曲名を見た資料は、次の2書です。一覧になっているものではないので、特に西野資料は文章から読み取ったので欠落があるかも知れません。両書とも完曲なのか、曲の一部の段の名称なのかも分かりません。もちろん、能として上演されたかどうかも分からないものですが、多くの謡曲が作られたことを知る助けにはなるでしょう。

西野資料:1987年
岩波講座「能・狂言」第Ⅲ巻「古作・中作能の作者と作品」西野春雄担当184曲

竹本資料:2009年
「風姿花伝・三道」角川ソフィア文庫「世阿弥時代の能一覧」竹本幹夫訳注90曲

室町期に見られる非現行の曲名
ゴシックの曲名は先の古謡本等でも見られた曲名です。

 先ず、①②資料共通の33曲の曲名を50音順で示します。
阿古屋松 足引山 熱田 一谷先陣(二度懸) 宇治山 鵜(鶿)羽 刈萱(禿高野) 空也上人 葛の袴 高野の曲舞 維盛 西国下(曲舞) 敷地物狂 重衡(笠卒塔婆) 炭焼 住吉物狂 たうろう 多度津 玉水 丹後物狂 千方 鼓滝 経盛 虎送 布留 松ヶ崎 もりかた 守屋 盲打 由良湊(曲舞) 横山  吉野西行 吉野山(吉野琴)

 次に、①西野資料で独自の151曲です。

愛寿 悪源太 朝顔 安達三郎 育王山 生贄 異国退治 石川の女郎 石子積 和泉小次郎 厳島 石神 空蝉(碁空蝉) 内蝉 優填王(獅子) 馬乞佐々木 浦島 古作雲林院 逢坂物狂 岡崎(花小汐) 小手巻 御坊曽我 かぐや姫 春日巫女 河水 形見送 門江口 亀井 蛙 菅丞相 帰雁 菊若(鎌田) 木戸巴 吉備 吉備津宮 貴船 木守 清重 禁野 径山寺 草取歌 楠 熊手切 熊野詣(兼元とも) 黒川(黒川延年) けうぼう女 現在信夫 源大夫  恋松原 高祖 皇?信夫 降魔 粉川寺 木玉 木霊浮船 御灯松 小林 木引 惟春 西住 桜場(桜葉とも) 狭衣 狭衣(別曲) 座敷論 真田 しうらう(鐘楼?) 志賀 志賀忠度 樒塚 樒天狗 志貴山 笠卒塔婆(重衡) 慈道 信夫(信夫太郎) 十番切 正儀世守 上宮太子の曲舞 浄明坊 城の太郎 白髭の曲舞 末松山 住吉遷宮の能 千手(現行と別曲) 千人切 千手寺 孫子 大木 太施太子 太平楽 滝鼓 涿漉 武文(秦武文) 太刀堀 玉津島 たんざう 親任 親衡 千引 長兵衛(長谷部信連) 長卿寺(南部) 鶴若 東願暮頭 融の大臣 常盤 知忠 那須与一(延年) 鶏竜田 念仏の申楽 野口判官 野寺 巴園 箱崎 婆相天 花軍 埴生八幡 治親 ばんば 氷上 櫃切曽我 羊 姫小松 広元 閔子騫 伏見 伏木曽我 二人神子 文削曽我 舞車 松浦物狂 三井寺禅師 みうへが嶽(丸子) 御輿振 光季 聟入自然居士 村山 盲沙汰 盛長 文覚 家持 保貞 八剣 八幡 楊家 李夫人の曲舞 竜王 呂后 籠尺八 労度差 老子(重耳) 六代

 最後に②竹本資料で独自の57曲です。

綾織 石川の女郎 井手玉水 右近の馬場 牛曳 箙の梅 逢坂 近江八景 笠間 合甫の玉 清水寺の曲舞 源氏屋島に下ると云うこと 恋の立会 高野 こは子にてなきと云う能 嵯峨の大念仏の女物狂 敷島 四季祝言 地獄 忍ぶれどの謡 尺八 シロトリ 秦始皇帝 須佐之男の謡 西岸居士 蘇武 そもそも昔曠劫よりこのかた 泰山木 太子曲舞 太子傳節曲舞 大般若 竹取哥 長生不老の政は 鼓太鼓 天神の能 東国下 融の大臣 夏の祝言 業平 念仏の申楽 後の巌かさざれ石の 初瀬の女申楽 初若 初瀬六代 人の宿をば 笛物狂 吹く風の荒磯に 伏見の翁歌 みすず 都良香の立会 昔は京洛の 融通鞍馬 雪山 弓矢立合 やうやうはかなや 義経 李夫人
次の項目など、引き続き「能楽外縁観測第2部」をご覧になる場合は「謡曲の統計2」から進んで下さい。

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