今から112年前、世阿弥没から466年後の、1909(明治42)年2月に、新潟県阿賀野市出身の吉田東伍が「能楽古典 世阿弥十六部集」を刊行し、従来の作者考は全く新しく見直されることとなりました。その後も65年間に及ぶ世阿弥伝書の発掘・発見が続き、1974(昭和49)年4月刊「日本思想体系 世阿弥・禅竹」(表章・加藤周一校注 岩波書店)により、ようやく世阿弥の全伝書の刊行を見ることとなりました。(世阿弥没から531年後のことです。)
このため初版が1975(昭和50)年以前の各種謡曲集などの作者付は、あまり信用できない状況となっています。
昭和初頭の1930年に刊行された「謡曲大観」(佐成謙太郎著・明治書院刊)は、当時の現行曲235曲を網羅して、名著と評されていますが、作者については一覧表に351曲を掲げて、世阿弥伝書の一部の記述と、能本作者注文・自家伝抄の記載内容を紹介しているだけになっています。(曲ごとの解説もほぼ同じ内容です。)
1940(昭和15)年から刊行されて、現在も使用されている観世流の「大成版謡本」(檜書店。当初は207曲、戦後に蝉丸、平成に三山・松浦佐用姫を入れて210曲)では、各謡本の前付で作者を掲げていますが、世阿弥伝書を踏まえながらも昔の作者付を引用しており、そのままには受け取れないものとなっています。
また、戦後(1945年以後)の作者考は、世阿弥伝書を基礎として、曲の主題・構成・詞章・節付などの作者別特徴などから判断するようになっていますが、昔の作者付けを信用しないことを前提として、まず世阿弥作を疑うところから始まっていたようです。
現在の作者考は、世阿弥・禅竹の伝書や、当時の演能番組、貴族の日記などを基本として、作品ごとの分析をより精細に且つ多角的に検討し、行き過ぎた世阿弥否定がやや見直されているようです。
外縁観測では、「世阿弥十六部集」発刊から100年に及ぶ能楽研究の成果を集大成した「能楽大辞典」(2012年刊 筑摩書房)を最も信頼できるデータとし、そこで不明・不詳などとされた曲を中心に他の資料で補うこととしました。
先ず、選定した作者の構成をグラフで示します。
具体的な曲名・作者や、大辞典との相違及び参照した資料などは、あとで掲載します。





